【BANANAFISH】Lullaby【アッシュ】
第3章 美しい人
この世には、あんな綺麗な男の人もいるんだ・・・
手渡してもらった本を眺めながら、しばらくその場から動けなかった。
誰かが本を探しにやってきて、我に返り机に向かう。
いつものように端の席に座って年季の入ったハードカバーをめくると、二人の男女を見守るように、たくさんの天使達が描かれていた。
「やっぱり、似てる・・・」
口の中で小さくつぶやいた。
天使には性別が無いのだという。
あの人にも、男とか女とかそういうものを超越した美しさがあった。
また、会えるだろうか。
何故だかわからないけれど、そんなことを考えた。
午後8時。
閉館時間が訪れて、すっかり暗くなってしまった外へ出る。
帰宅ラッシュは少しだけ落ち着いた頃だろうか、と思いながら地下鉄に向かおうとした瞬間、ポケットのスマホが振動した。
画面には“R”の文字。
急激に身体が冷えていくのは気温のせいだけじゃない。
重い気持ちで通話ボタンを押した。
『やあリサ、先週の傷は癒えた頃だね?』
「はい、治りました」
『車の音がするが、外にいるのか?』
「はい、もう帰ります」
『そうか。1時間後に車で迎えに行くから家で待っていなさい』
「わかりました」
短い会話をして通話は切れた。
ほとんど“Yes”としか口にしていないのに、唇も喉もカラカラに乾いていた。