【BANANAFISH】Lullaby【アッシュ】
第3章 美しい人
アパートにたどり着いた時、街ではすでに朝の通勤ラッシュが始まっていた。
ワンピースを引きちぎるようにして脱ぎ、真っ先にシャワーを浴びる。
背中が酷く痛んだ。
血が滲んでいるのは見なくてもわかる。
けれどそんなことはお構い無しに、何度も何度も身体を洗った。
石鹸を洗い流すように、何もかも忘れ去ってしまいたい。
バスルームを出る頃には髪の毛を乾かす体力はもう残っていなくて、膝まである大きなTシャツを一枚着て頭にバスタオルを無造作に巻いた。
そのままベッドに倒れ込む。
もうこのまま何も考えずに眠りにつこうとした瞬間、床に投げていたスマホのバイブレーションが鳴った。
“R”の文字が表示されている。
力無く腕を伸ばし、通話ボタンを押した。
「・・・はい」
『おはようリサ』
「おはよう、ございます」
『昨日のゲストには随分酷いことをされたようだが、大丈夫かね?』
言葉とは裏腹に、スマホの向こう側から聞こえてくる音声には、本気で心配する気配は感じられない。
「大丈夫です」
そう機械的に答えると、予想していた台詞が返ってきた。
『傷をつけられたんじゃないのか?』
「背中を、すこし」
『そうか。では来週まではゆっくり傷を治すといい』
「わかりました」
了承の意思を示すと、通話は切れた。