【BANANAFISH】Lullaby【アッシュ】
第3章 美しい人
帰宅ラッシュに巻き込まれながらアパートにたどり着く。
パークハイアットならもうすぐ迎えが来てしまうから、早く支度をしなければ。
シャワーを素早く浴びて用意された服を着る。
ピンクベージュのワンピースに、同系色のパンプス。
髪の毛をブラシで梳かす。
メイクをしていると、部屋の呼び鈴がリンと鳴った。
したくもないリップグロスを塗り、いくらするのかも知らないブランド物のバッグを手に取った。
中身は空だ。
歩きにくさを感じながら、5階から1階への階段を足早に降りる。
アパートの裏口にはいつも通り黒塗りの高級車が停まっていた。
後部座席に乗り込むと、車は滑らかに走り出す。
夕暮れから夜に変わっていく街の様子を、ぼうっと眺めた。
家路を急ぐサラリーマン。
着飾って夜の街へ繰り出す若者。
肩を寄せ合う恋人達。
そのどれもが、まるで遠い世界の出来事のようだった。
車はあっという間に指定されたホテルに到着した。
ドアマンがにこやかに車のドアを開けてくれるので、御礼を言って車を降りた。
ロビーに入ったところで、背の高い初老の男性に声を掛けられる。
「やあ、君がリサだね」
こくりと頷くと、ごく自然に肩を抱かれた。
たぶん傍から見れば、ホテルでこれからディナーでもする仲の良い親子にしか見えないだろう。
だが実際の行先は最上階のレストランでもラウンジでもなく、キングサイズのベッドが一つ置いてある部屋。
入るなり、それまでの優しげな態度は一変して、突き飛ばすようにベッドに押し倒された。