【BANANAFISH】Lullaby【アッシュ】
第10章 Shorter
少しずつ、リサの体温が戻ってきて、純粋に安堵する。
「まだ寒いか?」
「ううん、大丈夫。あったかい・・・」
俺の胸に密着しているせいか、くぐもった声でリサは返事をした。
お互いを隔てるものは部屋着だけ。
リサの心臓の拍動すら容易に感じ取れる。
とくん、とくんと、小さく規則的なそれは、俺を安心させると共に、酷くそわそわとした気持ちにもさせた。
・・・なんだ、これ。
味わったことのない感情が心の中に渦を巻く。
安らぐかと思えば、苦しいような。
嬉しいかと思えば、焦れるような。
穏やかでもあり、急かされているようでもある。
これは何という名前の感情なんだろうか。
数学のテキストとは違い、どこまでも答えが無く、どれだけ考えようとも結論は出なかった。
朝日が窓から差し込み、だんだん明るくなってきた頃。
「リサ、大丈夫か?」
完全に震えが止まったリサを腕の中に収めたまま、声をかける。
「・・・・・・・・・」
返事が無い。
「リサ?」
もう一度呼んでみるも、やはり返事は聴こえて来なかった。
体温は完全に戻っていて、むしろ俺よりも高いくらいなのに。
少し身体を離して顔を覗こうとしたが、それは叶わなかった。
クイ、とスウェットの胸の辺りが引っ張られる。
すー、すー、という寝息が聴こえる。
「・・・・・・寝たのか?」
安らかな寝息に、面食らう。
こっちは風邪でも引いていたらと柄にも無く心配したというのに、あまりにあっけなくリサは眠りの中に行ってしまった。
安心しきった、穏やかな寝息。
自分が誰かに安らぎを与えられる存在だとは、思ったことすらなかったが。
リサは俺がどんな人間か知っても、こうして傍にいる。
離れるべきだなんて言わないで、と・・・
あの瞬間、俺は間違いなく嬉しかった。
ただ純粋に嬉しかったんだ。
リサの柔らかな黒髪に唇を寄せる。
キスと呼べるかどうかも分からないくらいに、そっと触れる。
眠ってくれていて良かった。
心からそう思った。