【BANANAFISH】Lullaby【アッシュ】
第10章 Shorter
目覚めると、視界に黒いものが映った。
手を伸ばせば触れられる距離に。
驚いて上半身を起こし、すぐに気づいた。
これはリサの頭だ。
シーツの上に細い黒髪がサラサラと流れている。
隣のベッドに視線をやったけれど、当然のようにもぬけの殻で。
リサは何故か床に座り、俺のベッドの端に顔を突っ伏しているのだった。
全く気づかなかった。
なんでここにいる?いつからだ・・・?
枕元のスマホで時刻をみると、“05:07”の表示。
部屋は薄暗く、まだ夜は明けていない。
冷たい空気が肌を刺し、慌ててリサに声をかけた。
「リサ、なんでそんなとこにいるんだ?」
置かれた頭は動く気配が無い。
春を目前にしたニューヨークの朝は、まだ相当な寒さだ。
昨晩はベッドの上で壁にもたれて寝ていたからわざわざベッドの中に戻したのに、なんだって毛布も被らずこんなところに?
「おい・・・」
少し躊躇いつつリサの肩に片手を触れて、その冷たさにギョッとする。
まるで氷枕を触ったようだ。
背中に冷たいものが流れる。
「リサ!」
「・・・・・・ん・・・」
大きな声に、やっとリサが顔を上げた。
「あれ・・・アッシュ、もう朝?おはよう・・・」
言葉こそはっきりと発音したものの、視線を宙に彷徨わせ、蒼白い顔をしている。
「あ・・・もしかしてわたし、あのまま・・・」
自分が居る場所に驚いたのか、立ち上がろうとしてふらついた。
反射的に上半身を抱き留めると、その体温は髪の先まで氷のようだった。
「っ冷た・・・!おまえいつからここに座ってたんだ!?」
「ごめんなさ・・・」
カタカタと震える全身を床から引き上げ、自分のベッドの中に入れた。
今度は躊躇わず、両腕で抱き締める。
お互いに肌が露出しているところが触れると、そのあまりの冷たさにこちらが凍えてしまいそうだった。
こんな時なのに、ふと出会った時のことを思い出す。
あの時リサは、たいしたことじゃない、と笑ったけど、俺を温めてくれた時の冷たさはきっとこれ以上だっただろう。
そう思いながら背中を摩った。
「ありがとう・・・ごめん、ね・・・」
そう言ったきりリサは大人しくしていたが、その震えはしばらく続いた。