【BANANAFISH】Lullaby【アッシュ】
第9章 ふたつの心
「・・・かないで、おねが・・・い」
隣のベッドに眠るアッシュの、喉の奥から絞り出すような小さな声が聞こえる。
わたしは静かに自分のベッドから抜け出した。
明かりの消えた部屋でも、金色の髪が震えているのが見て取れた。
夜明け前にうなされるアッシュを見るのは珍しいことじゃなかった。
だけど、今日のアッシュは何故かいつもよりももっと、ずっと苦しそうだった。
いつもならしばらくすれば静かな寝息に戻るのに、落ち着く気配すらなかった。
「おねが・・・い・・・・・・ど・・・にも・・・いかないで・・・」
長い手足を縮めて、今にも泣きだしそうな声でアッシュは誰かに懇願していた。
アッシュ・・・・・・
手を伸ばせばすぐにでも、その震える身体に触れる距離にいる。
わたしは右手を毛布の上にかざし、数秒の後に引っ込めた。
以前似たようなことがあった時、わたしがアッシュに触れたせいで驚かせてしまった。
そして反射的にわたしを突き飛ばし、銃口を向けてしまったことで、アッシュ自身を傷付けることになってしまった。
また同じことになるかもしれない。
そう思うと、安易に声をかけてはいけない気がした。
迷っていると、苦しげな呼吸の中で、ほんの小さく吐き出された言葉に胸を突き刺された。
「・・・・・・かあさ・・・ん・・・」
「!」
“母さん”
そう聞こえた。