【BANANAFISH】Lullaby【アッシュ】
第8章 Lullaby
この雰囲気に耐えられなかったのはリサも同じだったようで、饒舌でもないのにまた喋り出す。
「ねぇアッシュ、アッシュのお母さんはどんな人?」
そう、少しだけ遠慮がちに尋ねてきた。
「俺がまだ小さい頃に出てったからあんまり覚えてねぇな。親父も家には寄り付かなかったから、俺はほとんど兄貴に育てられたようなもんさ」
「そうなの・・・。私もね、お母さんの顔も思い出せないんだけど、一つだけ誰かに歌ってもらった歌があって、それだけ覚えてるんだ」
いくつかの思い出話の中で、リサは珍しく嬉しそうな顔をした。
「へえ・・・どんな歌だ?」
「うん、それがタイトルも知らないし、歌詞もちゃんと覚えてないんだけどね」
嬉しそうに話す割に曖昧なところが、何だかリサらしかった。
「聴きたい。歌えよ」
そう言うと、リサは大きな目をさらにまん丸くして俺を見た。
「ええっ、今歌うの!?」
大袈裟に驚く姿に、笑いそうになった。
歌いたくないならこんな話しなきゃいいのに。
「今じゃなかったらいつ歌うんだよ」
オロオロするリサを見ていると悪戯心に火がついて、そう言わずにはいられなかった。
「でも、誰か来たりしない・・・?」
「今日は酒屋は定休日だ、誰も来ねぇよ」
俺の言葉に、リサは決心したように頷いた。
「わ、わかった、笑わないでね・・・」
「それはお前次第だろ」
からかいながらそう言うと、リサは恥ずかしそうに頬を紅くしてから、真面目な顔になり軽く息を吸い込んだ。
突然、伸びやかなソプラノが静かな倉庫に響き渡って、耳をくすぐった。
完全に気を抜いていた俺は、驚きで息を飲んだ。
優しいメロディはどこか懐かしく、自分がいちばん幸せだった頃に連れて行ってくれるようだ。
もうそれがいつだったかすら定かではないのに、それでも幸福を感じずには居られない。
リサの声は、まるでそんな風に思わせる。
かなり高いキーで歌っているのに全然うるさく感じないのは、柔らかな声色のせいだろうか。