【BANANAFISH】Lullaby【アッシュ】
第8章 Lullaby
「毎日、毎晩、何度も何度も祈ったよ。誰か私を助けてください。ここで無ければどこでもいいから、違うところへ連れて行ってくださいって・・・。でも、どれだけ必死で祈っても、枯れるほど涙を流して願っても、誰も助けになんて来てはくれなかった。当然だよね・・・。いつまで経っても誰も助けてくれないって悟った時、それならせめてこの苦痛が早く終わるように、すがるような気持ちで夜が明けるのを待ってた」
リサが、もうそこにはないマフラーを探すように、首元で両手をさまよわせた。
「アッシュだけだよ・・・アッシュだけが、私を助けてくれた。救い出して、食事や寝床まで分けてくれた。何も聞かず、何も求めず、ただ傍に居てくれた。下手くそな料理も、ありがとうって食べてくれた。それは私にとって、どんな奇跡が起こるよりもすごいことだったよ」
リサの細い指が伸びてきて、俺のジャケットの端をそっと掴んだ。
「だから・・・・・・・・・だから自分のこと、ろくでもないなんて言わないで。離れるべきだなんて言わないで・・・お願いアッシュ・・・お願い・・・・・・」
最後の方はもう、消えてしまいそうな声音だった。
冷たい床に、ぽたん、と雫が落ちた。
この二週間、リサはいつも笑っていた。
なかなか目覚めず不機嫌な俺を起こす時ですら、とても楽しそうに。
そんなリサが、声も立てずに泣いていた。
ジャケットの端を握る指は、まるで拒否されることを恐れるかのように小さく震えていた。
もしこの手を取ってしまったら、リサのこれからの人生を狂わせるかも知れない。
そう、思わなかったわけじゃない。
でも俺にはどうしても振り払うことが出来なかった。
腕を伸ばして、細い肩を抱き締めた。
リサの柔らかな黒髪が頬に触れて、肌をくすぐった。
リサは驚いたように一瞬身を固くしたけれど、おずおずと俺の背中に腕を回して、肩に頭を預けた。
抱き締めているのはどちらだったのか。
抱き締められているのはどちらだったのか。
分からないくらい長い間、俺はリサの小鳥のように温かな体温を直に感じていた。