【BANANAFISH】Lullaby【アッシュ】
第8章 Lullaby
人をいとも簡単に傷付けることの出来る両手は、自分ですら恐ろしかった。
それなのに、その後もリサは俺を怖がる様子は少しも無かった。
むしろ心配だと言って、真夜中に頭を冷やしに外へ出た俺が帰るまで起きて待っていた。
その日だけでは無い。
リサは俺がどんなに遅く帰ろうと、絶対に起きて待っていた。
最初は、昼夜の逆転した生活が長いせいで眠れないからだと思っていた。
だが五日目の夜に、支離滅裂なことを言って眠い目をこすりながら食事を温めているのを見た時、そうではなかったことを知った。
ーーそれは一昨日の真夜中の事ーー
「アッシュ、ミネラルジュースとアップルウォーターならどっちがいい?」
「・・・何だって?」
「うん。ミネラルジュースとアップルウォーターしかなくて・・・どっちがいいかな?」
いや、そうじゃなくて、と思ったが、リサの顔は大真面目だ。
単純な好奇心で俺はミネラルジュースをオーダーした。
出てきたのはアップルジュースだった。
「・・・そこはせめてミネラルウォーターじゃないのか」
「ん?アッシュ、何か言った?」
「いやなんでもない。サンキュ」
礼を言うと目の前の顔が柔らかく笑って頷いた。
リサはしばらくベッドに腰掛けて俺がリサの作った謎のスープを飲むのを眺めていたが、気付けばそのまま横に倒れ込んで寝てしまった。
「・・・なんで起きて待ってんだよ」
毛布を肩までかけ、無防備に眠る顔を見て思わずつぶやく。
身体をベッドの真ん中あたりまで寄せても、全く起きる気配がない。
思えばリサは俺に対して最初から無防備極まりなかった。
あんな目に合っていたのに、と考えるのは自然なことだろう。
とは言えメレディスに対しては初め強く拒否反応を示したから、男に対するトラウマが無いわけではないのだと思う。
あんな目に合ってたんだ、トラウマが無い方がおかしい。