【BANANAFISH】Lullaby【アッシュ】
第8章 Lullaby
「おかえりなさい、アッシュ」
リサが窓辺の椅子から立ち上がってこちらを見た。
自分の部屋に帰って「おかえりなさい」なんて言われるのは何年ぶりだろうか。
なんとなく気恥ずかしくて、まだ「ただいま」の一言すら言えない俺は、曖昧に「ああ」とだけ返した。
リサがそばにいる間に、それが言えるようになるとは到底思えなかった。
リサがここへ来てからもうすぐ一週間が経つ。
もう随分と顔色は良くなり、見違えるように元気になっていた。
心の内は分からないが、少なくとも表面上は毎週図書館で見ていたあの頃よりもずっと元気だ。
一日中部屋に居てさぞや暇を持て余すだろうと考えていたが、本や勉強道具を買ってくると、以前のように興味深く解いていた。
これまでの生活についてリサ自ら積極的に話してくることは無かったが、言葉の端々から察するに、どうやら気まぐれに勉強を教えてくれる男がいたらしい。
知的好奇心ももちろんあっただろうが、リサにとって自分の身体を好きにされるよりはそちらの方がずっとましだったのだろう。
その気持ちは俺にもよく理解出来た。
とは言え学校にも通わずある程度までの学力を身につけているあたり、やはり頭はかなりいいようだった。
リサがここへ来た日の夜、いつものように悪夢にうなされ、声をかけてきたリサを危うく撃ち殺してしまうところだった。
身体を這い回る無数の手、わざと何度も名前を呼んでくる腐った大人達・・・
リサが俺を呼んだ声が、夢の中の男の声とシンクロした。
暗闇でリサに銃を突き付けた瞬間、俺はリサをここに連れてきたことを後悔した。
・・・もしまた同じことが起きてしまったら。
たとえリサが身を守る術を知っていたとしても、俺はそれよりも早く引き金を引いてしまうかも知れない。