【BANANAFISH】Lullaby【アッシュ】
第8章 Lullaby
リサの料理は、控えめに言って酷かった。
何度「舌がバカなんじゃないか?」と言いそうになったことか。
だがその不器用さが、俺にグリフィンを思い出させた。
故郷のケープコッドで、母が家を出て行き親父がほとんど家に寄りつかなくなってから、グリフは苦手だった料理を始めた。
最初の頃は本当に食えたもんじゃなかった。
出来合いの缶詰の方がよほど美味い。
幼心にそう思ったものだ。
だけど少しでも身体に良いものを、とグリフが指を傷だらけにして頑張っていたのを俺は知っていた。
朝は早く起きてサラダを作り、夜はどれだけ遅くなろうとも食事を準備して、二人一緒に食卓を囲む。
今思えばグリフは母のいない寂しさを俺に味わわせないように、精一杯努力していたのだ。
きっと自分だって寂しかっただろうに。
まともなキッチンも無いこの部屋で、リサは簡易のコンロや小さな鍋を使って何やら怪しげな料理を出してきた。
「不味い」という本音は料理と共に喉の奥に飲み込んで、出されたものは全部食べた。
嘘はつけない。
だからまだ、美味いとは言えない。
リサは俺が無言で咀嚼するのを、何が楽しいのかニコニコ笑いながら眺めている。
そんなに見られたら食べにくいに決まってる。
でも、嫌な気持ちはちっとも湧いてこなかった。
自分でも少しずつ気付いていた。
俺はリサが笑うと嬉しい。
そして、いつも笑っていて欲しい。
16にして他の人の味わうであろう一生分の痛みを背負ったリサのこれからが、笑顔で溢れていて欲しかった。
人はそれを、同情と呼ぶのだろうか。
・・・いや、何だっていい。
血にまみれた一日の終わりに、この笑顔に会えるのなら。