【BANANAFISH】Lullaby【アッシュ】
第7章 山猫の住処
1秒、2秒、3秒・・・
何の音もしない。
痛くも・・・ない。
「・・・・・・・・・?」
不審に思って目を開けると、目の前で四角いスマートフォンが揺れていた。
「れ、連絡先、教えてくれないか!?」
「えっ・・・・・?」
相手の意図が理解出来ず、私はただその場に立ち尽くした。
連絡先って、スマホの電話番号の事だろうか。
捕まえるつもりならどうしてそんなまどろっこしいことを訊くのだろう。
目の前の人は、さっきの鋭い目付きはどこへやら、今は耳まで真っ赤にしていた。
「いきなりで悪いけど、ちょっと前からここで見かけてて、その・・・可愛いなって思ってて」
「可愛い・・・?何がですか?」
一体何の話をしているのか分からなくて、私は首を傾げた。
「え!?いやそりゃあ君のことに決まって・・・」
会話をしながら、アッシュに言われたことを思い出した。
話しかけられても自分のことはうかつに話さず、速やかにその場を離れること。
万が一アッシュのことを聞かれても知らぬ存ぜぬで通せ、と。
「ごめんなさい、私急いでるので、さようなら!」
私は落とした衝撃で散らばったシャツやスウェットをものすごい勢いでかき集めて、重たいカゴを両手で抱えてコインランドリーを後にした。
「待って・・・」
背後で呼びとめる声がしたけれど、私とすれ違いにコインランドリーに入ってきた二人組が障害物になって、追って来れない様子だった。
カゴを引きずるようにしてビルを駆け上がった。
廊下に誰もいないことを確認して、部屋の鍵を開けて中へ飛び込む。
すぐに鍵を閉め、扉を背にしてホッと一息ついた。
あぁ・・・びっくりした。
まさか一人になってすぐ知らない人に話しかけられるなんて、思ってもみなかった。