【BANANAFISH】Lullaby【アッシュ】
第7章 山猫の住処
「ちょっと出てくる。鍵閉めて、誰が来ても開けるなよ」
「えっ?」
まだ夜明け前なのに、こんな時間に外へ?
もしかして、今のこと気にして・・・?
考えている間に、アッシュは上着を羽織って出て行こうとしている。
「待って、アッシュ」
思わず呼び止めると、アッシュが扉の手前で振り返った。
私は駆け寄って、少し背伸びをした。
アッシュにもらったマフラーを、その首にぐるぐると巻き付ける。
「これ、巻いて行って。外は寒いから」
有無を言わさぬ私の勢いに気圧されたようで、アッシュは抵抗もせずにただ面食らった顔をしていた。
「あっ、でも帰ってきたら返してね」
真剣な顔をしてそう言うと、アッシュはクスッと笑った。
「んなの言われなくたって返すさ。つーか元々これ俺のだろ」
「たしかに・・・」
恥ずかしくなって微笑むと、アッシュは小さくサンクス、と言って外へ出て行った。
良かった。
アッシュ、笑ってくれた・・・
少しホッとした気持ちでアッシュの背中を見送った。
扉を開けたせいで廊下の冷気が部屋に入り込んで肌を刺す。
でも、きっと外はもっとずっと寒いに違いない。
私は床に落ちてしまった毛布を手繰り寄せ、抱き締めた。
そのままソファに座る。
ところどころ破けた革張りのソファには、まだアッシュの温もりが残っていた。
あのマフラーが私を温めてくれたように、今はアッシュのことを温めてくれていますように。
何も出来ない私はせめてそう願った。
アッシュ、さっき一体どんな夢を見ていたんだろう。
あんなに辛そうな顔をして。
たしか、あの雪の日も泣いていたよね。
何に苦しんでいるの?アッシュ。
自分が無力なのは分かってる。
でも、ほんの些細なことでもいい。
私に何か出来ることがあったらいいのに。