【BANANAFISH】Lullaby【アッシュ】
第7章 山猫の住処
静かな寝息を邪魔するのが怖くて、私はベッドの毛布を出来るだけそっとアッシュの身体にかけた。
それから部屋の明かりを消す。
均整の取れた身体は全く身動ぎもしない。
起きている時はあんまり見つめるのは失礼だと思って、なかなかじっとは見られない顔を眺める。
彫刻のように繊細な輪郭だけど、頬や顎のラインは男性らしく骨ばっている。
・・・男の人は嫌いだ。
嫌いで、怖い。
吐き気がするような目付きや、強引な腕。
褒めたりなだめたり怒鳴りつけたりする身勝手な言葉。
“R”や私の知ってる男の人達は、表面上は美しく着飾って丁寧な物腰でも、その中身はドス黒くて醜くて、恐ろしかった。
でも、アッシュのことは怖くない。
図書館で本を取ってくれた時も、あの雪の日の屋上で傷だらけのアッシュを見つけた時も、怖いと思ったことは一度も無い。
毛布からアッシュの手がはみ出している。
拳銃よりもペンの方が似合いそうな、節の無い綺麗な指だった。
寒くないように、起こさないように、ゆっくりと毛布を引っ張ってその手を隠した。
「・・・アッシュ、ありがとう」
もう何度目唱えたか分からない感謝の気持ちを、ソファのそばに座って小さな声でつぶやく。
この先どうしたらいいかまだ全然検討もつかないけれど、どんな形であれ、いつかきっとこの恩を返すよ。
床に落ちていた本を拾い上げて膝の上に置いた。
それは経済学の本のようで、窓から射し込むわずかな灯りのもと、パラパラとめくってみるけれど案の定何が何だか分からなかった。
昼間眠っていたせいか、全然眠たくないな・・・
そう思ったものの、薄暗い部屋で規則的な寝息を聞いていると自然とまぶたが閉じてくる。
あんなにぐっすり眠ったのに、鎮痛剤のせいだろうか。
背後のベッドにもたれたままいつの間にかまどろんでいた。