【BANANAFISH】Lullaby【アッシュ】
第7章 山猫の住処
「へえ・・・」
アッシュは不思議そうにというよりは、怪訝そうに私を見た。
思い返せば、あのマンションに住んでいた時はいつも、出された食事はどれもこれも豪勢で食べきれないほどの量だった。
でもひとりきりで食べる食事は虚しかったし、何を食べても美味しいと思ったことは無かった。
私にとってはスキップと食べるハンバーガーや、アッシュが温めてくれた、この缶詰のスープの方が何百倍も美味しかった。
静かな空間に、アッシュが雑誌のページをめくる音と、私が缶詰をつつく音が響いた。
会話を交わすことはないけど、不思議と全然気まずくない。
アッシュがゆっくりとページをめくる音や、体勢を変える度にきしむソファのスプリングの音、ガス管を通って部屋に吐き出されるあたたかい空気が流れる音、外の喧騒。
ひと口食べるごとに、身体は温まっていく。
「食うならまだあるぜ、缶詰。違う種類のやつ」
食べ終わりそうになった時、アッシュがそう言ってくれた。
瞬間、涙が出そうになった。
自分でも何故だか分からない。
驚きのあまり、その涙を数回まばたきして押し戻した。
「う、うん。ありがとう。でもこんな時間にばくばく食べたら太っちゃいそうだし、やめとこうかな」
私の返事に、アッシュは首を傾げた。
「もう少し太った方が健康にいいんじゃないのか?まあ俺がとやかく言うことじゃないけど・・・」
「去年に測った時は5フィート4インチで93ポンドくらいだったんだけど、今はもう少し増えてるかな。身長もまだ伸びてるし・・・」
「本当かよ、どおりで軽いと思った」
そう言われて、昨日アッシュに抱きかかえられたことを思い出した。
いや、そんなことより何より、あの時の私はまともに服も着ていなかった。
急に恥ずかしさといたたまれなさに襲われる。
理由の見つからない涙はすっかり引っ込んでいた。