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小鹿の隠れ家

第1章 恋愛に至る道(出会いから恋に辿り着くまで)


そんな佳乃子が唯一絶対手放せないものは一つしかない。
父親もそれを知っていてあの申し付けをしたのだろうと直ぐに察した佳乃子は尋常ではない速さで自室にそれを取りに向かった。
何気に、身長以外の遺伝子はきっちりと良いとこ取りした娘である。運動神経も頭の良さも同級生の中では群を抜いて秀でていたが本人に自覚はない。
どんなに優秀でも、それを上回って余りある対人恐怖症という欠点が学校という場所から極力佳乃子を遠ざけたせいであるがそこももちろん無自覚である。

そして、佳乃子は駆け込んだ自室のベッドに寝ている大きな大きな猫のぬいぐるみを手に取った。
自分の背丈ほどのそのぬいぐるみは母親が居ない時の佳乃子の盾である。
初対面の人が居るような場所では必ずそのぬいぐるみを抱きかかえ、まるでぬいぐるみに連れられているかのような様相でその影から遠巻きに相手を眺め会話をするのである。
酷い場合は腹話術で猫が応対している始末ではあるが、そんな変わり種を突っ込む人間はもう周囲にはどこにもいなかった。
佳乃子がぎゅぅっとぬいぐるみを一度抱きしめてから父親の元へ再び戻ると、ニタリと意地悪気な笑みを浮かべて出迎えられた。

「お、お父様っ?!」
「ふふ、さぁ、バンビ。その対人恐怖症気味な性格を多いに改善しておいで」
「えっ? えぇっ? な、なにっ?!」
「ああ、詳しいことは向こうに置いてある書類と後からそちらに行くこんのすけ君が教えてくれるから、頑張っておいでねー」
「きゃっ、きゃぁあぁっ!」

父親の意地悪な顔には毎度何かしら被害を受けていた佳乃子は、笑みを見た途端に回れ右をしたのだが間に合うわけはなかった。
首根っこを引っ掴まれてぽいっと後ろに放り投げられたのはさすがに初めてだと現実逃避をして、痛みの衝動を覚悟した時には背中には床も壁も扉すらも何もなかった。
目の前には父親の意地悪な笑顔、周囲には異質な空間、後ろに吸い込まれる様な強い力を感じて佳乃子が力一杯悲鳴を上げた時にはそこはもう家ではない場所だった。
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