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モデルのボーダー隊員~番外編~

第8章 年中行事〜母の日・父の日〜


〇母の日

「今日母の日だけど、お前ら何かする?」
「私はプレゼント渡す!」
「僕は母さんが好きなお花渡した!」

ラウンジに入ってすぐに聞こえたその会話に、顔を顰める。別に不快な訳では無い。彼らにとってはただの日常会話であり、特別な日なのだから。でも、僕にとっては憂鬱な日である。

好んで自ら鬱になる必要は無いと結論付け、さっさとラウンジから出る。丁度出た先で見慣れた長髪男性にが前方から歩いて来た。

「藤咲、そんなに暗い顔してどうした?何か悩み事か?」
「東さん...僕、そんなに酷い顔してます?」
「そうだな...普通なら分からないだろうが、親しいやつなら分かるぐらいには雰囲気と表情が鬱々しい」

見事言い当てられ、返す言葉もなく視線が彷徨う。何か言い難い事情があると察したのか、僕の手を引いて東隊作戦室に招き入れる。ソファまで誘導され、隣に東さんが座る。

「うちの隊員達は暫く帰って来ない。俺で良ければ話ぐらい聞くぞ」

いつもの優しい笑みで、優しい声音でそういった東さんに安心したのか、ポツリポツリと先程噤んだ思いが溢れる。

僕らにはお母さんがいない。離婚とかそういうのじゃなくて、悠一の場合は死別。僕と蓮琉の場合は攫われた。感謝を伝えたくても、伝えるべき相手がいないのだ。
「いつも美味しいご飯をありがとう」「産んでくれてありがとう」そういう感謝を伝えるべき相手は、この世界に存在しない。
でも、彼らにはその対象が居る。羨ましいと思うのは醜いことだろうか。
それに、お母さんだけじゃなくお父さんもいない。心に空いた2つの大きな穴は塞がることなく、いつでも冷たい風が吹いている。

話している間に目には涙が浮かんでいた。
寂しさで押し潰されそうな、はち切れそうな痛みを感じる。この日は毎年、いや、今年は特に胸が苦しい。

「お母さん達に会いたい...」
「...」

とうとう零れ落ちた涙。ポロポロと、次から次に溢れるそれを拭おうとすると、大きな手に止められた。そして、そのまま優しく包み込むように抱き締められた。
感じた温もりはお母さんお父さんのそれとは違うけど、でもちょっとだけ気持ちが軽くなった。
大きかった穴が少しは小さくなったように感じる。

暫くの間、部屋には僕の泣き声だけが静かに響いた。
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