第29章 始まり
静かな音が広がる。
「ふむ……」
用紙を受け取った三代目は、
顎の髭を触り婚姻届の中身を確認する。
次に聞こえた猿飛さまの声は、
ほんの少し震えていた。
「……サクモが生きておったら、どれほど喜ぶじゃろうな……と考えておった。花奏の父親もそうじゃが、溺愛しておったからな」
目を細めてシワを広げ
口角を上げた。
「見せてやりたかった。立派になった姿をサクモに……」
私たちが顔をあげると、三代目は、もの思いにふける表情で婚姻届を眺めていた。とても複雑な表情で。
「わからぬだろうが、子どもというのは、おのれを犠牲にしてでも、守りたいと思うのじゃ。今でも、ワシは……無念に思う」
印鑑をインク台に付けて、ポンと受理の押印すると、となりに並ぶ秘書に書類を渡した。
「今日は、めでたい日。これはワシからの気持ちじゃ。受け取れ。給料明細と祝い金じゃ」
カカシと私に封筒を渡した。分厚い。特にカカシの分は、20センチ以上ある厚みでしかも大きい。もらった瞬間、何度も封筒と三代目に交互に見やった。
「いや……いやいや、三代目、コレはさすがに多すぎです。何ヶ月分入ってるんですか、見たことありませんよ」
自分がもらった封筒の中身を、ちらりと確認した。とんでもない量の札束が入っているのだ。祝い金レベルでは説明できない。
「カカシの中には祝い金も入っておる。家を建てるには前払金が必要じゃろう。花奏、カカシの横にいてやってくれ。コヤツは無理ばかりし過ぎる。お前が横にいるだけで、ワシは安心じゃ」
カカシに視線をむけると、
罰が悪そうに頭をかいていた。
実は昨夜、こっそり
筋トレの腕立て伏せを十回していた。
私が怒って、やっと横なったが、
早期に復帰する気満々なのだ。
家に帰れば無茶をすることを、
猿飛さまはお見通しのようだ。