第18章 とある民族学者の論考 Ⅱ
1928年7月3日
旅を始めてだいぶ経ったが、アンネが男に戦いを挑むことは未だにない。
私の存在が邪魔をしてしまっているのだろうか。
そう聞けば、彼女は「そんなことはない」といつも笑う。
本当にそうだろうか。
彼女は優しいから、気を遣ってそう答えただけかもしれない。
私は彼女に恋心を抱き始めている。
いや、出会ったあの日から恋をしていたのかもしれない。
しかし、この気持ちを告げたら彼女は旅の目的を見失ってしまう。
胸が張り裂ける思いで彼女に別れを告げた。
楽しかった旅もこれで終わり。
彼女は何かを考え込むように無言で俯いた。
長い沈黙の後、困ったように笑いながら私を見た彼女は驚くことを言った。
「貴方と別れるのは悲しい。ずっと一緒にいたい」
嬉しかった。
生涯を共にすることができる。
その日の夜は夢中で2人の将来のことについて語った。
一緒に暮らす家は、あの小高い丘に建てよう。
彼女は花が好きだから、家の周りに庭も作ろう。
そのためには先ず、大学でやるべきことをしなければ。
アマゾネスについての研究論文を執筆し、こんなに勇ましく美しい民族が存在することを世に広めたい。
こんなに興奮したのは何時振りだろうか。
新世界紀行に載っていた巨人・ティフォンを見たときもこんな気持ちだった気がする。
新世界紀行のことを思い出した私は、アンネにアマゾネスが空想小説の新世界に登場する、架空民族の元になっていることを面白可笑しく話した。
笑って話す私とは違って、彼女は真剣な表情で聞き入っていた。
もしかしたら、自分達を元にしてあんなことを書かれたことが面白くなかったのかもしれない。
今後はこの話をするのは止めよう。
復学するために国へ戻ることに決めた私は、てっきりアンネも一緒に戻ると思っていたが、帰りを待っている皆に別れを告げるために、どうしても故郷へ一度戻りたいと言った。
同胞とは永遠の別れになってしまうのだから当然だろう。
別れる前に写真を撮ることにした。
モノクロの写真を見た彼女の反応は可愛らしかった。
四角い紙に自分の姿が写っていることが不思議で仕方ないようだ。
私はアンネの、アンネは私の写真を持った。
数ヶ月で戻ると言った彼女に一時の別れを告げ、別々の道へと歩みを進めた。
寂しいが、ほんの数ヶ月の辛抱。
