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女信長───おなごのぶなが───

第2章 うつけの婚礼


 天文十七年、今日も城内に家老の声が響く。
「若様!おまちください、信長様っ!!」
 その声の先には、今にも馬に乗ってこの場を去ろうとする若者ーーーーーー織田信長がいる。艶やかな黒髪を頭の上の方でひとつに括り、袖を破った着物に晒姿、刀の柄には荒縄を巻くというその格好は、中性的でありつつも精悍な顔立ちの彼に恐ろしい程似合う。周りからのあだ名、「大うつけ」に似合いの格好に見えるであろう。

「そのようなお姿で、このような日に、何処へお出掛けなさるおつもりですか?!」
家老の平手が困ったように叫ぶのも当たり前、今夜は信長と三国同盟の相手、美濃の斎藤家の娘との婚礼なのだ。信長にも準備をしてもらわねばならぬことがたくさんある。
 それなのに、馬に乗って出掛けようとしているのだ。止めて当然である。だが、信長は悪びれもせずこういった。
「なんだ、爺はいつも煩いな。止めても無駄だ。俺は吉乃の所へ行く。」
 その言葉をきいて、平手は絶句する。今日という日に他の女の元へ、だ。
 そうこうしているうちに、信長は馬を走らせ城外へ走り去る。もうすでに遠くなった彼を追うこともできずにいると、途中で馬を止めた彼が叫んでくる。
 「気が向いたら婚礼に出てやる!相手にもそう伝えておけ!!」
 その言葉を背中できき、平手はただ項垂れるしかなかった。ああ、若を止める事が自分に出来ようか。

平手は知っている。

彼がなぜ「うつけ」を演じるのかを。
. .
彼女の抱える苦悩を。なぜ吉乃の元へ向かったのかを。

信長様がうつけ?そんなわけがなかった。信長様は天才だ。今も皆を、二つの意味で騙している。母親さえも。その才覚は、この乱世を終わらせられるほど。あの格好だって、とても戦闘に適したものだ。自分のこの格好よりも、よほど武士らしい。

(だが、信長様・・・・・・)
 貴女のその才覚は、新しすぎる。万人には受け入れられない。この自分も、理解できるのは一部のみだ。だが、それでも。
(爺は、貴女と共に生きてくれる方を・・・・・・)
貴女と共に、乱世を生き抜いてくださる方と・・・・・・この乱世を終わらせて欲しいのです・・・・・・

平手は拳を握る力を強める。
ーーーーーーああ、美濃の姫は、信長様を理解し、お支えくださるでしょうか・・・・・・?
     .
彼女の、夫として。
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