第5章 この音に隠れてなら
しばらくすると、斉藤くんたち先頭グループがまとめて駆け込んできた。今日はハイペースで終わらせて早く上がりたいそうだ。そうだよね、こんな天気だから既にみんなはズブ濡れだ。「頑張って!」と一人一人の背中を叩いて送り出す。それに続いて一年生達が駆け込んでくる………が、その時、私は違和感に気が付いた。
藤真が………まだ来ていない……?
普段なら先頭グループに必ず混じって給水所に来る藤真が、今日は比較的ペースの遅い一年生グループにすら入っていなかった。先ほどのミニゲームでは普段通りにプレーしていたけれど怪我はまだ完治していないし、出血でもしていたら一大事だ。
私は一年生達を見送ると、コースの道を戻ろうと公園を出た。しかしその時、遠くから見覚えのある姿が目に入る。
「藤真…」
遠くからだんだんとこちらに近づいてくるのは間違いなく藤真だ。今日は黒いTシャツを着ているけれど、この距離からでも水を吸ってズブ濡れなのがよく分かる。
「…先輩?なんでここに…。雨すごいから、ほら、給水所行こう」
私の目の前まで走って来た藤真は、濡れ始めた私のジャージを見て驚いていた。藤真に腕を引っ張られながら、さっきまでいた給水所へと戻る。
「…何やってるんだよ。驚くだろ」
「……いや。何やってる、はこっちの台詞だから」
「は?」
Tシャツの裾をギュッと絞っていた藤真が、私の目をピタリと見つめる。普段はサラサラしている藤真の髪はびしょ濡れになっていて。藤真が前髪を鬱陶しそうに横に分けると綺麗な額が現れた。私の心臓はドクンと悲鳴を上げる。
「ふ、藤真、いつもはもっと早くない?今日どうしたの?」
ジッと見つめる藤真の視線から逃れるように、すぐ横にある花壇の花を気休めに見つめてみる。土が雨の水で溢れかえり、汚い泥となってピンクの花に覆いかぶさっていた。
「……そうだな。今日はいつものペースで走ってない」
「なんで……?」
給水所の屋根からは、雨粒の凄まじい音が鳴り響く。服が濡れている私達はベンチに座るわけにもいかずお互い立ち尽くしていたのだが、藤真がジリジリと距離を詰めてくるように感じる。