第9章 貴方と過ごす安土~秀吉編~
「……いや、珠紀の気持ちは分かった。分かったから、この眉間の皺、伸ばそうな」
俺は人差し指と親指で、珠紀の眉間の皺を伸ばした。
珠紀は目を瞬かせながら、僅かに後ずさって額に手を当てる。
「ひ、秀吉さん…?」
「般若みたいな顔をするな。せっかく可愛い顔してるのに」
「はん……っ⁉ か…か…っ⁉」
ボンッという音でも出そうな勢いで珠紀の顔が紅く染まり、パクパク動かす口は言葉の頭文字しか言えていない。
「そ、そそ、そんなに変な顔してましたか……?」
「うーそ。怒った顔も可愛かった」
再び騒ぎ始めた心臓を宥めるために、耳まで赤くしている珠紀の頭を撫でる。
(とにかく、珠紀の気遣いに応えるためにも、帰ったら休むか)
「じゃ、御言葉に甘えて帰ったら少し休憩するよ」
「本当、ですか?」
「ああ、約束する」
もし、報告を終えた後で忠告を無視するものなら、珠紀は秀吉が無事に寝付くまで見張るか、気絶させてまで休ませそうとするだろう。
「言質は取りましたよ。武士に、というか男に二言はありませんからね?」
顔を赤くしていた珠紀はふんわりと微笑んで、俺の頭に手を乗せた。
「武将は部下の鏡でもあるんですから、無理のし過ぎは良くないですよ」
「…っ!」
自分より一回り小さな手の平に、微かに感じていた眠気が一気に吹き飛ぶ。
動揺を隠すにしても、遅過ぎるし近過ぎた。
数秒見つめ合った後、珠紀は自分から触れたくせに我に返ったように硬直した。
「あー……っと、これは……俺の、真似か?」
「えっと……」
珠紀は考え込んだ後、秀吉がいつもするようにポンポンと頭を撫でると、手を引っ込めながら立ち上がると振り返らずに部屋を飛び出していった。