第9章 貴方と過ごす安土~秀吉編~
「すみません。取り乱したりして……」
「いや、気にするな。それにしても、何で傷が……」
改めて考えても、不可解だ。考え込んでいると、三成が手拭いに何かをくるんでやって来た。
「秀吉様、近くにこれが……」
「ん?」
見てみれば、見覚えのある茶器が真っ二つに割れていた。思わず、欠片を手に取って眺める。
「これは……」
「…っ、まさかあの子が……」
同じように手を覗き込んだ珠紀が微かに目を見張る。
「あの子?」
「はい。ほら、秀吉さんの御殿に御邪魔した時に三成君と政宗さんが追いかけてた…」
そう言われて脳裏に足の生えた小さな妖モノの姿を思い出す。
「影茶碗とか言ってたあいつか?」
そう聞けば、珠紀は頷く。
「秀吉さん。私が影茶碗について言ったこと覚えてます?」
「-……」
――影茶碗は人恋しくて、古い民家の床下に住み着き、その家に災いが訪れる時、家中を走り回って知らせたり、気紛れに身代わりとして災厄を受けてくれたりすることもあります。
珠紀が話してくれた内容が耳によみがえり、思わず左肩と欠片を交互に見る。
「まさか……」
「あの妖モノが、秀吉様の身代わりをしてくださったと?」
半信半疑の三成の言葉に珠紀は頷く。
「もしかしたら秀吉さんって案外、人だけじゃなくて妖たらしでもあるのかもしれませんね」
そう言って珠紀が俺が手にしている欠片を覗き込んで、ふんわりと微笑む。
その笑みがあまりにも柔らかくて綺麗で、心臓を鷲掴みにされた。
「……っ」
(何を…今更動揺してるんだ、俺は)
そうは思うものの、内心焦るのと同時に可愛らしく思えて目を逸らせない。
心を落ち着けるように咳払いをして、意識を変え、三成に向き直る。
「三成、悪いがそれを俺の文机のところに置いておいてくれ。俺はこれから信長様のところへ報告に行く」
「分かりました。私は家康様のところから薬をいただいてきますね」
「は?」
「え?」
三成の言葉に俺と珠紀は同時に声を上げた。
「いや、待て三成。俺の怪我は――」
「分かっておりますよ、秀吉様。しかし、万が一にでも傷が残っては大変ですし、皆様に不可解に思われない為にも家康様の傷薬は御持ちになるべきです」
三成の言うことも一理ある。そう思うと、俺は上手く言い返なかった。