第9章 貴方と過ごす安土~秀吉編~
翌日。光秀さんの言った通り、正午あたりに大名が数人の家臣を連れて秀吉さんの御殿にやって来た。
私は厨でお茶と茶菓子を用意し盆に乗せて秀吉さんの部屋を訪れた。
「失礼します」
襖を開けてみれば、朗らかな笑みを浮かべる見たことのない男性に対し、秀吉さんの眉間には微かに深い皺が刻まれている。
ゆっくりと部屋に入り襖を閉めながら、大名の顔を伺う。
(この人が大名か…歳は見たところ、四十代半ばから後半ってところかな。
優男みたいな顔っぽいけど……似た人をどこかで最近見たような気がする)
記憶を辿ろうとするが、とりあえずお茶を二人の前に置いた。
「お茶を御持ちしました。話し合いで喉が御疲れでしょうから、一息ついて下さい」
「ああ。ありがとな」
「これはこれは。御気遣い痛み入ります……おや?」
不意に目が合ったかと思うと、大名が身を乗り出して顔を寄せてきた。
「…っ⁉」
(近い…っ。戦国の人達って皆こんな至近距離で生きてたの…⁉)
「わ、私の顔に何か…?」
「ひょっとして…あなたは女子なのですか?」
「はい、そうですが」
(逆にどう見たら女に見えないのよ)
心の中では思わず突っ込みたくなるものの、笑顔を繕って堪える。
「何故そのような格好を?」
「こちらの方が何かと動きやすいので」
「そんな勿体無い。あなたのような女子にはそのような格好は似合いませんよ」
「……そんなことはないかと」
大名は私の声が聞こえていないかのように勝手に妄想を始めてしまった。
「是非とも女子の格好をしたあなたの姿を見て見たいものだ。さぞや、天女のように美しいのだろうな」
猫撫で声を出しながらさりげなく手を取られる。そのまま滑るように撫でられて悪寒が走った。
「き、機会がありましたらその時に」
顔を引き攣らせ、流れるような動作で握られた手を避難させながらも、大名の脳内でとんでもない格好をさせられているような気がして、背筋が震えた。
その時温かい手が肩に置かれる。
振り返ると、秀吉さんが眉間に皺を寄せて部屋に戻れと瞳で促している。
私は首を小さく横に振った。私の意志が固いと感じ取った秀吉さんは、小さく息を吐いた。
「ところで秀吉殿」
不意に大名が声をかけた。
「はい」
「あなたに一つ聞きたいことがある」
「何でしょう」