第9章 貴方と過ごす安土~秀吉編~
熱を出して倒れてから二日。
すっかり回復した私は、御世話になっている礼も兼ねて女中さんに混じって安土城の雑用に奮闘した。
掃除洗濯はもちろん、針子や配膳などの出来ることや初めてやることにも積極的に取り組んだ。
お陰で女中とは大方顔見知りになり、こんな日々を送って良いのかと思うくらい毎日が充実している。
(とりあえず恩返しのつもりで色んな雑用をしてるけど……私はここで出来ることって何だろう)
廊下の雑巾がけをしていた手を止め、背伸びをしたまま青い空を見上げていた私は、近付いて来る気配に気付くのが遅れた。
「珠紀」
不意に声がしたかと思うと、後ろから誰かに抱きつかれた。
(わっ)
驚いて見れば、政宗さんが口の端を上げてそのたくましい腕を私の腹に回している。
「政宗さん、急に驚かさないで下さい!」
「ぼーっとしてたお前が悪い」
「だからって毎度毎度抱きつく必要ありますか?ちょっと考え事をしてただけです。そろそろ放して下さい」
「それは断る。お前は抱き心地が良いからな」
「私は抱き枕じゃありません!」
そう言って、私は踵の骨で政宗さんの足を踏みつけた。
「いてっ!お前ちっとは手加減しようとかないのかよ」
そう言いながらも政宗さんの表情は明るい。
「女性と違って男性の身体は頑丈に出来てるんですから、別に良いじゃないですか。
それに、そういうことをしなければ、痛い思いをせずに済みますよ」
「それは一理あるな」
肩越しに見ると、光秀さんが揶揄うような笑みを浮かべて私と政宗さんを見ている。
「あ、光秀さん」
「もう体調は良いようだな」
「はい。御迷惑をおかけしました」
「足りない頭で溜め込み過ぎるからだ」
馬鹿にしたように言う光秀さんの言葉にムッとする。
(いや、落ち着け、私。言い返したいけど……ここで言い返したらこの人の思う壺だ。ここで無駄な気力を使う必要はない。平常心、平常心……)
「聞いたぞ。秀吉にとことん話を焼かれているらしいな」
「そういや、女中達もそうってたな。あいつの世話焼き体質はもう病気だな」
「そ、そこまでではないのでは……」
「甘いな。城内に限らず、城下でもあいつの気質は異常なんだぞ」
(あ……)
その言葉に城下で町娘達に囲まれている秀吉さんを思い出し、私は苦笑いを返した。