第8章 貴方と過ごす安土
「だいぶ引いたみたいだな。良かった……」
「……御迷惑をおかけしました…」
「気にするな。それに、お前が倒れたのは俺のせいだ。
お前が敵の間者ではないかと、俺はずっと疑っていた……
それじゃあ、いつまで経っても気が安まる筈もないからな。すまなかった」
そう言って秀吉さんは、畳にぶつかるんじゃないかと思うくらい勢いよく頭を下げた。
「ひ、秀吉さん!頭を上げて下さい!
前にも言ったじゃないですか。秀吉さんが謝る必要なんてどこにもありません。
私の方こそ……信長さんの命とはいえ、秀吉さんと政宗さんに安土に連れて来て頂いて、あまつさえ、城に置いて頂いたこと、感謝しています。それなのに、自分の事しか頭になくて……自分から歩み寄ろうともしませんでした」
(……それに、秀吉さん達は私を玉依姫としてじゃなくて私個人を見て気にかけてくれた……)
彼等が私の事情を知らないから当然といえば当然なのだが、安土を出るか現代に戻るまでの間だけでも役目に縛られることなくごく自然に接してくれることが何より嬉しかった。
「……だから、もう良いんです」
秀吉さんはそんな私を見て、ふわりと頭を撫でた。
(擽ったい……でも、嫌じゃない……)
「そうか。ありがとな。これからお互いを知って仲良くやろうな」
その言葉に僅かに胸を痛めながら私は頷いた。
「…はい」
その後、秀吉さんは腹は空かないか、白湯は飲むかと、常に警戒していたとは思えないくらい世話を焼かれて、却って対応に困ってしまった。
城下に行った時、人々とのやり取りを見て、政宗さんが教えてくれた秀吉さんの素を思い出し、つい笑ってしまう。
「…っ。初めて見たな、お前の笑った顔は。
その方がずっと良い。そうやって微笑んでいる方が、お前は可愛いぞ」
(っ……!)
笑顔で可愛いと言われて頬に熱が集まるのが分かる。
「よし、決めた!今日から俺がお前の兄になってやる」
「え……」
急に言われた言葉に驚いて、呆然と秀吉さんを見る。
秀吉さんは私の心情を他所に人懐っこい笑みを浮かべていた。
「だから、堅苦しい敬語や敬称は無しだ」
「っ…で、でも」
言い募ろうとするが、人差し指で唇を押され、言葉が封じられる。