第8章 貴方と過ごす安土
珠紀が倒れたその日の夜。秀吉はまた珠紀の部屋に居た。
家康や政宗をはじめ、女中は昼に様子を見ている。
仕事や他のこともこなしながら、秀吉は時間を見つけては甲斐甲斐しく世話を焼く。
(家康からも心労が祟ったって言われたしな……)
敵の間者かもしれないと、年端もいかない娘にきつい態度を取り過ぎていたことを改めて深く反省する。
冷静に考えれば、名だたる武将達が集まったこの城で四六時中針の筵にされれば身体が悲鳴をあげることくらい分かっていた筈だ。
己の不甲斐なさに溜息を吐きながら、額の手拭いを替えるため手に取った。
「まだ下がらないか…」
手拭いにはまだかなりの熱さが残り、頰の赤みも消えていない。熱の具合が気になり頰に手を寄せると――
「いやぁ……!あぁ!いや!」
突然大きな声を出した珠紀の身体がビクリと跳ね上がる。秀吉は咄嗟に手を引いた。
「いや!いやーっ!」
手を離しても珠紀の叫び声は続き、閉じた目には大粒の涙が溜まっていく。
秀吉は思わずその身体を抱き締めた。
一瞬の抵抗はあったものの、背に回した手で背をさすっていると、少しずつ身体が弛緩していく。
完全に力が抜けたことを確認してからそっと珠紀を褥に横たえる。
目尻に溜まった涙を指先で拭っていると珠紀がその手に縋り付いてきた。
「…っ……」
離そうとするも、その手は力を込めて離さない。
そんな珠紀を見ながら、秀吉は空いた手で珠紀の何度も大丈夫だと声をかけながら優しく頭を撫でる。
少しずつ呼吸が整い、撫でていた手を離そうとした時――
「かぁ、さま……」
そう呟くと、珠紀は一筋の涙を流しながら苦しそうに顔を歪ませた。思わず頭に置いた手が止まる。
「ごめ…な、さい……」
熱からくる悪夢の苦しさからか、珠紀から漏れた呻き声に胸が締め付けられる。
(珠紀、お前……何を抱えてる……)
夢にまで見る辛さを無理には聞き出したくないが、せめて目覚めたら話を聞いてやろうと、秀吉は決意した。