第7章 妖討伐(2)
その夜。草原にはただならぬ緊張感が漂っていた。
私は弓に己の霊力を宿させる為に常に肌身離さず持っているものの、何故か胸騒ぎがして落ち着かない。
「…………」
だが、気を焦いては事を仕損じてしまう。
目を閉じて深呼吸を繰り返す。己を落ち着かせ、耳や感覚を研ぎ澄ませていく。
その時、左腕の印が強く脈打った。目を開けてみると、目の前には大きな口が迫っていた。
「……!」
いきなり現れた気配に硬直していると、後ろから鋭い声がした。
《なにボサッとしてんだ!死ぬぞ!》
慌てて身を横に転がして、影の口を回避する。そのまま起き上がろうとしていると、何かに襟首を引っ張られ、息が詰まる。
「う…っ…」
気付いた時には影とだいぶ距離を取っており、背後の茂みから獣の毛が去るのが見えた。
(この妖気……)
覚えのある妖気を探ろうとするが、唸り声が耳に届き、慌てて意識をそちらに戻した。
影は一度地面に喰らい付くが、獲物(私)がそこにいないと分かると、ゆっくりと身を起こして私に向かって涎を纏わせた口を開く。そして向こうとしては全速力、こちらから見れば速足程の速度で追いかけてくる。
《喰ってやる…喰ってやるぞ、小娘ー》
影はそう喚きながら妖モノへと徐々に変化してしく。
(アイツ(印付けた大男)と戦うにしても、この影は祓わないと面倒だな)
周囲に人がいないのを素早く確認すると、私は懐に手を入れ、巻物を広げた。軽く親指を噛んで血を浮かび上がらせ、そこへ指を滑らせる。
「影祓うモノよ、路を通りし内より来たれ」
そう呪文を口にしながら前髪をちぎって息を吹きかける。髪は風に乗って巻物の間を流れていき、やがて白い光に包まれた。
光は徐々に白鷹へと形を変えていき、私が影に手をかざした瞬間、白鷹が目にも止まらぬ速さで影を貫いた。
《うぐ……ギャァァァアアア!》
悲鳴を上げながら影は消滅していく。私は乱れた呼吸を整えながら急いで左袖を捲り、包帯を取った。そこに広がっていた印は綺麗に消え、残滓も残っていない。
(とりあえず、第一関門突破ってところかな…影は消え、精気を吸われて弱っている私(獲物)を狙うのであれば、奴はじきにここに現れる)