第5章 安土城(2)
私は部屋近くまで戻ったものの、肩で息をしながら廊下の柱に身を預けて倒れ込んだ。
身体が焼けるように熱く、全身に汗が滲んでくるのが分かる。
左腕を捲って包帯を解いて見れば、薔薇のようで不気味な文様の痣が脈打っている。
(これは、呪い?他の妖怪へ牽制するための印とも考えられるし、マーキングみたいなものかな。
それにしても何の呪いだろう?武将(あの人)達はまだ私に警戒しているから迂闊に動くことは出来ない。
でも、この件を解決するにしろ、里と連絡を取るにしろ、式神が要る…)
とにかく早急には行動を起こす必要がある。
私は深呼吸をし、傷癒しの真言を唱えた。少しだが痛みが引いていく。そこへ女中が一人通りかかった。
「姫様、どうなさったのですか?御加減が悪いのですか?」
「いえ、大丈夫です。あの、水が欲しいんですけど。出来れば桶に入れて」
「水、ですか?承知致しました。すぐに御持ち致します」
女中はそう言うと、すぐに水を桶に入れて持ってきてくれた。
身体を拭く為とでも思ったのか、手拭いまで添えられている。私は桶を受け取りながら御礼を言った。
「ありがとうございます」
「他に何か必要なものはございませんか?」
「あ、じゃあ少しの間、此処の人払いをお願い出来ますか。何かあればまた声をかけます」
「……かしこまりました」
女中は一礼すると去って行った。気配が消えると、私は気を引き締める。
中庭に素足で降りると、桶を地面に置いた。
数歩下がり、目を閉じて桶に手をかざして念じる。すると水気が立ち上り、桶の中の水が私の目の高さまで浮く。水は徐々に形を変え、丸い鏡になった。
「届け。我が声を聴け。応(いら)え、季封の者よ――」
水鏡の中心に波紋が広がり、霊力がその場を満たす。
「――…詞紀っ⁉」
耳に驚愕した声が聞こえ、私は目を開けた。
私の目に映ったのは、長い蒼い髪を後ろで一つに束ね、袖から鳥の羽を覗かせる男性だった。
(詞紀…?)
初めて会う人、初めて聞く名前なのに私は何故か懐かしさを感じた。
不思議に思いながら私情をおさめ、水鏡越しに伝わる男性の霊力を感じ取る。
「恐らく、人違いだと思います。初めまして。私は宇賀谷珠紀と申します」
男性は驚愕したまま私をじっと見つめる。