第5章 安土城(2)
「……貴様も、玉依姫なのか」
「はい、貴方の御名前を伺っても宜しいですか?」
「我は空疎尊だ」
その名前に、私の脳裏で映像が映った。その影響で水鏡が揺れる。
空疎は探るように、心配そうに私を見つめている。私は痛む頭を押さえつつ、口を開いた。
「……失礼、致しました。空疎様、助言をいただきたいのです」
「なに…?」
空疎はその言葉に眉を寄せる。私は左腕を捲くって見せる。
「あれ…さっきより広がってる…」
「……五日印だな。妖に遅れでも取ったか」
「五日印?」
「動けない妖モノが近くを通った奴に印を付けるものだ。
印は五日間をかけて其奴の精気を吸い尽くしたり、主の処へ引き寄せて食べたりする。それを繰り返して印主はいつか自由になる力を得るのだ。
その様子では、もう既に貴様の精気を吸い始めているぞ。玉依姫ともあろう者が、何という有様だ」
返す言葉もない。私は悔しさのあまり唇を噛んだ。
状況が状況だったとはいえ、妖に遅れを取ったのは紛れもない事実なのだから。
「……とりあえず五日間、妖から振り切れば良いのですね?」
「そうだ」
「他の人に影響が出るということは?」
「恐らくないだろう」
「そうですか。有難う…ござい…ま…す……そ、れ…から……」
「――っ、おい!」
そこまで言うと、私は印の痛みと熱で再び意識を失った。
意識のどこかで空疎様の慌てた声が聞こえ、水鏡が霧消した気がした。