第5章 安土城(2)
「話す時間が惜しい。失礼する」
私は溜息を吐いて立ち上がり、襖へと向かう。
「誰が出て良いと言った」
信長に鋭い声をかけられる。私は襖を開けて、広間を振り返った。
「妖を迎え討つまで私に残された時は少ない。私は私のやり方で動く。
其方の命令に従う気も、織田家ゆかりの姫として世話になる気もない。
無駄な被害を出したくなければ、邪魔立てするな……とりあえず、秀吉殿。政宗殿。私を運んでくれたこと、感謝する」
そう言い残すと、襖はピシャリと音を立てて閉まった。
気配が消えたのを確認すると、ずっと黙っていた家康が口を開く。
「信じるんですか?今の話」
「でなければ辻褄が合うまい」
珠紀がいた時とはまた違う空気になり、信長達が放つ言葉にも鋭さが混じる。
「秀吉、政宗。貴様等はどうだ?」
「俺は信じる。刀の手応えとあいつの行動に納得が出来た」
(しばらくは退屈しなさそうだ)
口角を上げて面白そうに頷く政宗とは反対に、秀吉はまだ渋っている。
「…確かに辻褄は合う点もありますが……」
(しかし、何処の馬の骨とも分からない者を信長様に近付けるわけにはいかない。
俺がきっちり見張ろう)
「三成、お前はどう思う?」
「宇賀谷という名字は聞いたことがありませんが、珠紀様が嘘をついているようには見えませんでした。
名字を名乗るということは、それ相応の家柄かと。珠紀様が早く此処で馴染めるよう、私が御手伝いを――」
「やめろ。お前がやると面倒が倍以上になる」
眉間に皺を寄せた家康が口を挟むが、三成は笑顔を返した。
「御心配していただき有難うございます、家康様」
家康は更に眉間に皺を深くし、溜息を吐いた。
(……弱い奴には興味ない。どうでも良い)
光秀は妖艶な笑みを浮かべて憐れむように言う。
「お前の気持ちは分からんでもないが、信長様の決定だ。諦めろ、秀吉」
誰からも同意を得られず秀吉はガックリと項垂れる。
「奴の監視は秀吉、光秀。貴様等に任せる。不審な行動をしないか遂一報告しろ」
「御意」
信長はこれから起きる出来事を予感し、口元に浮かぶ笑みを鉄扇で隠した。