第5章 安土城(2)
「は?」
その場にいた私以外の全員の目が点になる。
私はそんな武将達を無視して話を続ける。
「妖と聞けば色んな話を耳にするのだろうが、奴等は普通の人間には視ることも聴くことも出来ぬ存在だ。
簡単に言えば、今の私はある妖が逃した獲物というわけでな。格好の獲物を取り逃したのだから、奴はどこまでも私のことを追いかけて取り戻し、喰おうとするだろう」
「妖が人間を喰うという話は耳にしたことがある。が、それが何故貴様に繋がる?」
「……私にはよく分らんが、私の身体には霊力というものが宿っているらしくてな。それが目当てなんだろう。
普通の人間を百人喰うより、霊力のある人間を一人喰う方が奴等にとって糧となると聞いたことがある」
私が巫女の家計であることは敢えて伏せた。
どの時代であろうと神職に携われるものは限られている場合や書物に名が残ることが多い。
私は半分嘘を入れてそう答えた。
「凶暴な妖を城下内にまで案内させ、無関係な民を巻き込むつもりか?安土城の城主よ」
「…………」
信長と私の間で静かな視線の交戦が繰り広げられる。
「悪いことは言わぬ。今すぐ私を安土外に捨て置け」
「断る」
信長の即答に私は唖然となった。
「……何故だ」
「貴様は俺に幸運を運ぶ。手放すには惜しい。
俺が天下布武を成す験担ぎとして側にいろ。俺がその妖とやらを討ってやる」
「言った筈だ。お前には何も出来ぬと。
妖等は見鬼の才がなければ、視ることは出来ない。中には姿を視ただけで人間を呪う奴もいる。視えもしないのにどうやって戦うつもりだ?」
「俺は出来ただろ?」
政宗が口角を上げて口を挟んできた。
「あれは偶然だ。其方とて、気配を察知して刀を振るっただけで、姿形を視ることは叶わなかっただろう」
(あれは己の力過信して、更に力を付けようとしている奴だ。もし暴れたらどんな被害が出るか正直言って予想がつかない)