第5章 安土城(2)
「断る」
自分でも意外に思う程、即答ではっきりと言っていた。
女の人に仕えろなんて、何を求められているのか、私にだって分かる。けど、それは出来ない。
三ヶ月我慢して帰れると言うなら、何とか断って違う形で過ごしたい。
「貴様、信長様の御好意を!」
「貴様の意思など聞いていない。返事は『はい』だけでいい」
信長は感情の無い冷たい目を向け、私の思いを打ち消すかのような言葉を言った。
(ちょっと人権!ガン無視してる…っ)
「織田軍の総武将である其方が、得体の知れない女に何の用だ?
そんな奴に用はないという言い方をしていたのに」
「信長様!いくら命の恩人とはいえ、こんな怪しい女を城に住まわすなど、正気なのですか?」
「下がれ、秀吉」
「ですが!」
「下がれと言っている。そこまで言うなら貴様が部屋を用意し、見極めれば良かろう」
「……承知致しました。
おい、俺はお前を認めた訳じゃないからな。少しでも怪しい行動を見せたら即、叩き斬る!」
(うわぁ……この城の中で一番面倒そう…)
「一応、貴様の理由を聞いてやろう」
「私は、家に帰って果たさねばならぬことがある。
だが、その前に厄介事があってな。ここにいれば、その被害が其方達にまで及ぶ。だからだ」
「厄介事?」
「あぁ。言っておくが手出し無用だ」
「何?」
「お前には何も出来ないからだ。更に言えば、貸しを作りたくもない」
「貴様、言葉が過ぎるぞ!」
すかさず秀吉が反論してきた。私はうんざりしながら語調を強める。
「どれだけ遠回しに言おうと、それが事実だからそう言っている。
それと、秀吉殿。私は信長殿と話している。其方が信長殿が大好きだということはもう伝わっているから、いちいち話の腰を折って邪魔立てするな。その後で、事が済むまで其方の質問には答えてやる。もっとも、其方はそれを信じないのだろうが」
「この…言わせておけば!」
「其方の主君が下した、こちらの意志を無下にした勝手な命令で私は不本意でここにいるんだ。この程度は言わせろ」
「秀吉。貴様はしばし黙れ。話が進まぬ」
信長の一声で、秀吉は肩を震わせながら腰を下ろした。
その眉間には深い皺が刻まれている。
「続きを申せ」
「では、その厄介事の説明だな。私はここに来る道中、ある妖に狙われた」