第4章 安土城(1)
「……大丈夫?」
佐助君が私の顔を覗き込んで心配そうに問う。
「でも、やっぱり私はここにいちゃダメだよ。
史実なら、本能寺にて織田信長は明智光秀の謀反により四十九歳で亡くなる。だよね?」
「……うん。本来なら」
「でも、あの信長様はどう見ても二十代にしか見えない。
どっちにしろ、この時代に入る筈のない人間(私)が歴史を変えちゃった。
織田信長の影響力は大きい。これが後世に…この時代にどれだけ影響を与えることになるか……すぐには無理かもしれないけど、せめてこの時代の里に――」
その時、私はこちらに近付いてくる気配に気付いて口を噤んだ。
佐助も気配に気付いたようで、私達は互いに頷き合う。
「佐助君」
「うん。また様子を見に来るよ。じゃあ、また」
佐助の姿が天井裏に消え、気配が完全に消えたのを確認してから襖を開けてみると、そこには柱に寄りかかりながら腕を組む明智光秀の姿があった。
「信長様が御呼びだ。お前の顔が見たいそうだ」
私は再び眉間に皺を寄せた。
(何、その理由……絶対根掘り葉掘り聞かれる……正直言って、行きたくない…
あ、でもここまで運んでくれたのって政宗さんと秀吉さんだよね。せめて御礼は言わないと)
「……分かりました」
渋々そう言うと、先立って歩く背中の後を数歩空けて足を運んだ。
光秀さんは歩きながら、妖艶な笑みを浮かべて私を振り返った。
「……何ですか?」
「お前、逃げ切れなかったらしいな」
「…っ」
まるで私が捕まることが予想通りという口調に、思わず光秀さんを睨み付けた。
「…………良い性格してますね」
「褒め言葉として受け取っておこう」
それきり何も言わずに私達は歩みを進める。私はじっとその背中を見つめた。
史実通りであれば、この明智光秀が本能寺の変の犯人。
だが、ここ……いや、この世界は史実とは齟齬がある。つまり、異次元と考えるのが妥当かもしれない。
犯人のシルエットは一瞬だったが、私は犯人は明智光秀ではなく、別の人物であると見当をつけていた。
戦国時代は裏切りが常とはいえ、確証が持てるまで。あるいは確かな証拠が出るまで余計なことは言わない方が得策だと己に言い聞かせた。