第4章 安土城(1)
――遠い日の夢を見た。
私は御殿の一室である女性と向き合っていた。
だが、その面差しは逆光で伺うことが出来ない。なのに初めて会うその女性を、私は懐かしいと感じていた。
その女性に手を引かれ、私は己の意思とは関係なく白い世界の中を歩いていく。
やがて行く先に小さな祠が見えた瞬間、腹の底から恐怖が沸き起こり、身体が震える。そこへ行かなければならないのに、行ってはならないと魂が相反する悲鳴を上げる。
思わず走り出したが、すぐさま力強い手が幾つも私の四肢を捕らえた。泣き叫び、暴れても、手は私を祠へ連れて行く。
「………っ‼︎」
恐怖から逃れるように身を捩って目を開け、その後大きく息を吐いた。
視界に飛び込んできたのは、見慣れない天井。辺りの明るさからして、今は夕方だと分かる。
(ここは……?)
身体は動かさずにもう一度目を閉じて、記憶を辿る。
(…あのまま安土城に連れて来られたってことか……)
全身に嫌な汗をかいているのを自覚しながら身体を起こし、異常がないか確認すると、服が襦袢に着替えさせられていることに気付く。
(誰が着替えさせてくれたんだろう……いや。これは考えちゃダメだ)
慌てて考えるのをやめ、痛みが走る左腕の袖を捲って見ると、そこには包帯が巻かれており、眉間に皺が寄った。
(厄介なことになったな……)
その時、スッと襖が開く音がして見ると、山吹色の着物に翡翠色の瞳の男性が入ってきた。
「…目が覚めたみたいだね」
「は、はい」
「…顔色が悪いけど」
「ちょっと…夢見が悪かっただけなので、大丈夫です」
「何処か痛いところはある?」
(ってことは、この人が手当てしてくれたのか…)
「いえ、もう大丈夫です…ありがとうございます。えっと…」
「俺は、徳川家康」
「⁉」
(こ、この人があの徳川家康…)
「……あんた、本当に身体張って信長様を救ったの?弱そうですぐ死んじゃいそうだし、面倒が増えてこっちは迷惑なんだけど」
無表情で繰り出される辛辣な言葉に私は呆然となってしまって、開いた口が塞がらない。
(……何か、イメージと違った…)