第3章 森にて
妖の手から獣が地面に落ちる。私は獣を庇うようにして立ち、切っ先を妖に向け、睨み付けた。
《お前、人間のくせに私が視えるのだな?何者だ》
「お前に名乗る名など、持ち合わせてはいない。弱い者いじめも、見て見ぬ振りも御免だ」
《生意気な奴だ》
刹那、影が大きく膨れた。目を凝らすと、影の中から一丈も高さのある大男のような妖を認識する。
妖はその手にある鋭い爪を私に振りかざし、迫った。
「――っ」
金属音が響き、私は歯を食いしばってその衝撃に耐えた。
《ほぅ、なかなかやるな。だが大人しく喰われろ、人間》
「断る。生憎、ここで死ぬわけにはいかないのでな」
《ふん。だが、ただ喰うだけでは面白くないな》
「何…?」
次の瞬間、大男の長く厚い舌が私の左腕に絡み付けて来た。
「うっっ!」
ヌメヌメとした触感と同時に、焼け付くような痛みが走る。
何とか振り払うものの、刀を落とし、荒く息を吐きながら距離を置く。
《ククク…これで、お前は逃げられない。
時が来るまで私から逃げるが良い。時までに私を捕まえたらお前の勝ちだ。見逃してやろう。
しかし、出来なければお前の負けだ。喰ってやる。喰ってやる。記憶を遡り、お前の大事なものを順番に喰っていくとしよう》
私は息を整えて再度大男に斬りかかった。刃が大男の皮膚が切り裂かれていくが、手応えは浅い。私は思わず舌打ちした。
《今更何をしようと無駄なことだ》
大男は嘲笑しながら闇へと消えていく。森の中に声が木霊する。
「待て!」
《逃げても無駄だ。必ず喰ってやるぞ、小娘。喰いに行くぞ。必ず、必ずな》
まるで呪詛のような言葉を最後に、気配が消える。
私は唇を噛んだ。左腕が心臓になったように脈打ち、痛みが走る。嫌な汗が噴き出して流れていくのも分かる。
(これは、ちょっと、マズい…)
私はふらつく身体に力を入れて、何とか政宗さんに歩み寄った。
「すいません、勝手に借りて。助かりました」
「……おぅ」
政宗さんはそれだけ答えて刀を鞘に納める。
「おい、今のって…」
「失礼します」
私は秀吉さんの言葉を遮ってそう言い、踵を返そうとしたが、左腕に走った痛みに顔を歪める。
「……っ」