第3章 森にて
「……念の為、理由を聞いても?」
「信長様の命だからだ」
さも当然だというように秀吉さんが言った。私は眉間に皺を刻む。
(……それ、私の意思を完全に無視してない?)
「『自分勝手も大概にしろ』。そう言伝を託す。私は会う気は微塵もない」
「なっ、貴様…!」
私と歯軋りする秀吉さんの間で火花が飛ぶ。
「…………その木刀、お前のか」
不意に眼帯を付けた男性が口角を上げて声をかけて来た。
「ああ。浪人(謙信)が急に斬りかかって来たからな」
「その輩は?」
「蹄の音を聞いて逃げて行った」
「お前が戦ったのか?」
「いや。避けきれなくなったから、これで防いだだけだ」
「成程な」
そう言われた瞬間、腹に腕が回され、気が付けば、眼帯を付けた男性の前に横向きに乗せられて抱きしめられる格好になっていた。
「ちょっ…!えっ⁉」
「俺の名前は伊達政宗だ。覚えろよ、宇賀谷珠紀」
(ってことは、この人が独眼竜の…)
「政宗は信長様と同盟を結んでいる武将で、奥州の名家、伊達家の当主だ」
「……丁寧な説明をどうも」
「信長様は先に出発さなった。行くぞ、政宗」
「ああ。少し飛ばすから振り落とされるなよ」
「だから行くとは一言も言って―――」
しかし言うや否や、馬はすごいスピードで走り出してしまい、私の言葉は途切れた。
刹那、私は身体を捩りながら政宗さんの腕から逃げようと試みるが、それはビクともせず、逆に簡単に抑え込まれてしまう。
「おーっと、逃がさねぇよ。諦めろ」
(んな訳いくか!)
私は手にした木刀で政宗さんの腹へ峰打ちを当てようとしたが、馬を寄せた秀吉さんが木刀の切先を掴み、私の手から木刀を取り上げてしまう。
政宗さんは何てことないように私の体を支え、抱き止めた。
「可愛い顔してんのに、なかなかやるな、お前」
「放せ!」
私は必死に言いながら抵抗をやめない。
この人達に連れて行かれたら最後、後戻りが出来ない。何故か、そんな気がした。
「こーら、暴れんな」
「いや!私は―――」
その時、鋭利な視線を感じて私はふと顔を上げた。
(…何?)
「ん?」
急に暴れなくなった私を見て、政宗さんが怪訝そうに私の顔を覗き込む。
だが、私はそれに気付いていなかった。