第1章 憂鬱王子はキスをくれない.
撮影は思いの外スムーズに終わってしまい
陽葵は俺達の写真を1枚だけ貰ったそうで
嬉しそうに笑いながら大事そうにしていた
その写真みたいに本物になる事はないけど
きっと良い思い出としては残っただろう。
「 鉄くん、今日はありがとうね 」
「 ああ … いいよ
あんなの着る機会なんて滅多にねえし 」
結婚か …
俺はこれから先結婚する事なんてあるのか?
これから先、杏奈みたいに結婚しても良いと
心からそう思える様な奴に出会えんのかね?
ゆっくり歩きながら家まで向かっている時
外側を歩いていた陽葵の後ろから車が迫る
俺はとっさに彼女の手をぐいっと引っ張り
自分の方へと引き寄せ自分が外側へと回る
「 あ!ごめん … 鉄くんありがとう 」
「 いいよ、危ねえからお前こっちな 」
掴んでいた陽葵の小さな手を離そうとした時
彼女は立ち止まって俺の手を離そうとしない
「 前も … こうやって手を掴んでくれたね 」
陽葵が言っている事が一瞬理解できずに
困惑した表情を浮かべて彼女を見つめた
「 前? 」
「 うん …
私がしつこくナンパされて困ってた時に
突然鉄くんが現れて彼氏のフリしてくれた
怪しまれない様に手を繋いでくれてたよね 」
ああ … 確かそんなこともあったんだっけ?
意識してやった事じゃないから忘れてたわ
あのナンパ野郎えらいしつこかったんだよな
頭の中でぼんやりその事を思い出していると
俺の手を握ったままの陽葵が小さく言った。
「 私ねっ … 本当はあの時から … 」
「 げっ!もうこんな時間じゃん
早く帰らねえとやる事あるんだったわ! 」
陽葵がこれから口にする言葉は分かっていた
恐らく俺に好きだと言うつもりだっただろう
それを察した俺はわざと話題を変えて遮った
言葉にされちまったら関係が変わってしまう
気まずくなってしまうからあえてそうした。
陽葵の表情は一瞬暗くなった様な気もしたが
俺にフラれて落ち込むよりはマシだと思った