第1章 エレベーターで
熱を孕んだ瞳から逃げるように、夜中近い時間にも関わらず乱暴にドアを開けて廊下へと飛び出す風林を追い掛け、こちらは対照的に静かにゆっくりと廊下に出て同じように静かにドアを閉めて鍵を掛ければ、無駄に金のかかった絨毯のせいか風林が足早に廊下を歩いていく音はすべて吸収され、時々自分たちが二人きりの時に聞き耳を立てている少年たちは見られず、広く静まり返った廊下に二人きり…まるで、異世界に取り残されたような気分に首を傾げてゆっくり歩いて追い掛けて行けば、彼女に辿り着いたのは結局エレベーターの前であった。
いつもならここでお別れの筈である。
エレベーターを待つ少女の後ろ姿を名残惜しげに見つめて、彼女の小さな手を握ろうと伸ばすものの寸での所で引っ込める。
「(また、逃げられるかもしれねえからな…)」
エレベーターの箱が通過した階を示すランプをじぃと眺めている少女の隣に立って彼女を眺めた後、釣られたように焦凍もランプを眺め、2階…3階…と切り替わるランプを心の中で数えていく。程なくして到着を知らせる高く短い音が鳴れば、誰もいない廊下に反響して長い音に変わる錯覚を覚え、侘び寂びにも似た感覚をじんわりと楽しんでいる内にドアが開き、少女が乗り込んで行くのが視界に入り、あ…と小さく呟いて思わず焦凍も一歩足を踏み出した。
「え?」
乗り込んだままの流れで操作盤で1階を押し、閉めるボタンを押す作業を風林がいつもの流れ作業でやっている間に隣に乗り込んできた少年を呆然と見上げてどうしたの、と聞く間もなくチンと音を立ててドアが閉まり、ゴウンと箱が下降を開始する。
風林の混乱はまだ解けない。
「とどろき、く…」
「わり」
操作盤の閉めるボタンに指をかけたままの風林の手に、焦凍の無骨な右手が重なっている。
いつ重なったのか、いつ重ねたのか…それは当人たちも気づかないほんの一瞬のうちの無意識の行動。
最初は驚いて隣を見上げる風林であったが、思ったより間近にあった絵画のように整った顔にドキドキと胸を高鳴らせて再び操作盤に向き直る。が、それをさせない焦凍の左手―――風林の手に重ねていない方の手―――が彼女の顎を掬い上げた。
「とど―――ぅ」