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生贄のプリンセス【Fischer's】

第8章 心から愛した


「───あぁ。この役目は村長にやってもらうべきだ。」
「何せこの人体実験を提案したのは村長だしな…」

村人が神妙な面構えでそう話す。
彼らは私の方に視線を向けて、意地の悪い笑みを浮かべた。
可哀想な生贄。一人ぼっちの生贄。
そう言いたげな顔をして。


ゆらゆら、水の中に溺れたみたいな視界。
赤みを増した手首には縄の跡がくっきりとついている。

「う…」

拘束されて何時間経ったんだろう。もしかしたら何時間では済まないかもしれない。
朝日の朗らかな笑顔も、月の優しさに溢れた微笑みも、記憶の中に存在したまま、私はここで野垂れ死んでいくんだ。

そう思ってしまうほどに衰弱しきった体が、何度も諦めたいと瞼を下ろす。
その度に思い出す、鼓膜を刺激する皆の声。

前を向いたら彼らがいる事に、彼らのせいで流した涙の暖かさに、改めて幸せを感じた。


立て付けの悪い扉が開く。
まるで夢見た明日の光は、開いた扉から差し込んだ。
黒いシルエットが段々と近づいてくる。

「そろそろ時間よ、恋奈」

ワーカは私の命の終わりを告げるように、その言葉そのものを楽しむように、じっくりとそう言った。
私は重い目をこじ開けて、彼女を睨む。もう抵抗する力なんて残っていないと思っていたけど、諦めないことを───信じ続けることを教えてくれたのは、彼らだ。

「何をする気…?」

私がそう言うと、ワーカはにんまりとした顔で村人からアタッシュケースを受け取った。
何が入っているんだろう。中身を想像したところで、危険なものに変わりはない。

がちゃり。禍々しい雰囲気を纏ったまま、ケースが開けられる。
入っていたのは、一本の注射器と小瓶に入れられた液体だった。

ワーカが小瓶の蓋にぷつりと針を刺すと、注射器の中に毒々しい色の液体が入っていく。彼女はそれを持ったまま、私に近づいてきた。

「嫌…」

得体の知れない液体に恐怖で体が支配される。
ぎちぎちと不愉快な音を立たせながら縄が擦れ、がたがたと椅子を揺らすけれど、びくともしない。

「やめて…嫌、来ないで!!」

村のみんなから槍を向けられて、裏切られて、私は死ぬんだって思ったあの時だって、こんな声出なかったはずなのに。

「死にたくない、死にたくない…!!」

私がいつからかこんなにも臆病になったのは。
紛れもなく、彼らがくれた愛のおかげだった。
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