第7章 私の王子様
〝今日はもう夜も遅いし、夕食は俺らが用意して部屋に持っていくから。ゆっくりしてて?〟
髪を乾かして、ぼーっとしながらモトキの言葉を思い出す。
流石に寒さに耐えることはできなくて、今日はその言葉に甘えさせてもらった。
シルクは今どうしているんだろう。
嫌われている事なんて分かりきっているはずなのに、それをも跳ね返すようなシルクとの思い出が何度も脳の中をぐるぐると回る。
人間と違って、思い出や記憶は嘘をつかない。
まだ少ししかここで過ごしていないのに、それを思い出と呼んでいいのかどうかは不確かだけど。
例え少ない彼らの言葉や、声でも、私にとってそれは宝物なのだ。
「……シルク…」
だからこそ、一人でも欠けてはいけないと思った。
そんなことを考えていたら、もう夜が更ける時間。
明かりを消してベッドに横になろうとした時、ドアがノックされた。
こんな時間に一体、誰?
私が短い返事をして、ドアを開けると。
「夜分遅くに申し訳ございません。来客がいらっしゃいましたのでお連れしました。」
そこにはソアさんがいた。
機械的な口調で喋る彼女にいくつもの疑問を持ったけど、それを言う前に彼女は横に退く。
誰がこんな不運なことを仕組んだんだろうと思った。
幸せは後何メートルか走った先にあると思っていた。
もう少しで、あの村のことも、忘れられると思っていた。
───のに。
「久しぶりね?恋奈」
私の実の親 ワーカに出会ってしまった以上、あの村の呪縛からは逃れられないのだと知った。
「……どうして…どうして、あなたが………!」
もう思い出したくもないものを封印してはいけないの?
鮮明に蘇ってくる記憶は私を苦しめた。
記憶も思い出も嘘をつかない、だからより一層苦しい。
一度事実から逃げてしまった私は、もう逃げ道を確保できなかった。
「なぁに、観光気分で来ただけよ。この辺りの果物は美味しいわね?あの古臭い村と違って。
おまけにこーんなにも美しいプリンセスがいるんですものね。びっくりしちゃったわ!」
高笑いをしたワーカの言葉は、全て憎しみに溢れている。
村から逃げて一人だけ悠々と、幸せな暮らしを送る私を睨むような強い目つきだった。
いつかこの国をこの人に奪われてしまうかもしれない。
そう思うほどに。