第6章 嘘
シルクside____
そして、今。
「……遅ぇな…」
恋奈はイズカと一緒に外出しているとソアから聞いたが、やけに遅い。
誰を待つよりも長い時間。今日は一秒すら待てるかどうか怪しい。
そう言ったって、扉が開いてしまうのは案外怖いんだ。
俺は、恋奈にどんな言葉をかけりゃいいんだよ。
「はぁ」
ぽろっと出た溜息が、扉の向こうに伝わってしまったのかもしれない。
目の前の扉が重く、ゆっくりと開いた。
「……恋奈」
傘も差さず、びしょ濡れの状態で帰ってきた恋奈。
用意周到なイズカの事だ、夕方の予報くらいは事前に見ているはずだし、ましてや城に帰ってきた姫の隣にいないなんておかしい。
恋奈はただ俯いたまま、その場から動こうとしなかった。
ぽたぽたと髪を伝って落ちてくる雫は、彼女の涙のようで。
抱きしめかけた手が、空気を掴んだ。
「なんで…濡れてんだよ……」
なんで、目も合わせようとしないんだよ。
聞きたいことは何十個とある中で、彼女を繋ぎ止めようと必死に声を出して言ったことは解決にすらならなかった。
一方的すぎたんだ、何もかも。
彼女は俺の前を通り過ぎようとする。
簡単に逃がしてたまるかよ。
「なあ、なんで濡れてんだよ?」
「……嫌いなら、嫌いって言えよ…」
俺のことが嫌いでもいい。
俺なんか捨ててしまっても構わない。
ただ、
「で…」
「は?」
「──触らないで!!」
恋奈に幸せになってほしいだけだ。
彼女は本当に泣いていた。
あぁ、あの雨も、この雫も、全部恋奈の涙だったんだ。
「……何なんだよ」
俺に何かしら問題があると分かっていたはずなのに。
そばにいてほしい人に嫌われた事は事実なのに。
居ても立っても居られないモヤモヤに押し潰されて、俺は逃げ出した。
ごめん。本当に、ごめん。
本当は抱きしめてやりたかったんだ。
本当は涙を拭ってあげたかったんだ。
───でも、できなかった。
早く、早く扉よ閉まってくれ。その重く大きい音で全てを隠してくれ。
俺の本当の気待ちが、彼女に伝わってしまう前に。