第14章 暮るる籬や群青の空
晩香堂を出てから、なまえは真っ先に紅葉が休んでいるビルの一室へと向かった。
「おや、なまえや。会いに来てくれたのかえ?嬉しいのう」
読んでいた本をぱたりと閉じ、紅葉は快くなまえを迎えてくれた。
『姐さん…こんな狭い処で、息苦しいでしょう。直に治から、ポートマフィアに戻っていいと指示が来ると思うので…』
「なまえ、其方がそんな事を気にするでない。それに、案外気に入っておる。其方がこうして、会いに来てくれるのじゃからのう」
紅葉は微笑みながらそういって、湯のみに茶を淹れる。
「してなまえ……。なんじゃ、その顔は。」
『え?』
「浮かぬ顔をして……探偵社の獣畜生に虐められでもしたか?わっちが殺してやろうか」
『あ、姐さん!!そんなんじゃないってば!!』
「ほっほっほ、冗談じゃ。じゃが、わっちの前では隠せまい。」
紅葉は楽しそうに云いながら、茶の入った湯のみをすっと差し出した。
「幽閉の身ゆえ茶菓子は出せんがの、ゆるりと寛いでゆけ。」
紅葉に促されるまま、なまえは隣へと腰掛け茶を一口啜った。温かい煎茶が、身に染みるようだ。
なまえは、先ほどの出来事を大まかに紅葉に説明してから、はぁと大きく息を吐いた。
「……そうか……中也がそんな事を……」
『………中也に、あんな顔をさせました。もう長い付き合いになるのに、中也のあんな顔初めて見たんです。あんな顔をさせてしまうくらいなら、もう、いっそ……』
中也の先程の言葉が、苦しそうな顔が、頭の中で何度も蘇っては、心に重くずしんと圧し掛かる。
あんなにも思いつめた顔の中也を見るのは初めてだった。
手を振り払われたりだとか。じゃあな、だとか、最後に一つだけ、だとか。
私を拒絶する中也も、まるでもうお別れみたいなことを云う中也も、私は知らない。
だって彼は何時だって私を受け入れてくれたから。
何時だって私を追いかけてくれたから。
何時だって私だけを見ていてくれたから。
本当は・・・分かっていたのに。
当たり前だった景色が、突然なくなってしまう辛さは。
織田作が死んで、治がいなくなって。痛いくらいに知っていたはずなのに。
それなのに私はあの日、中也に同じ事をしたんだ。
”また明日”なんて嘘を吐いて。