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青 い 花 【文豪ストレイドッグス】

第14章 暮るる籬や群青の空




―――ねえ、中也。

出逢わなければ善かった、なんて。
本当にその通りだよ。私は何を今更、傷付けられたふりをして。

嫌われた方が、恨まれた方がマシだなんて。
それは此方の台詞だよ。
中也を嫌いになる?恨む要素?そんなの何処にあるっていうの?

どうして何も云わずに消えたんだよ、って。
守れないなら約束なんてするんじゃねえよ、って。
怒って、いっそぐちゃぐちゃに壊してくれればよかった。

そのほうが、幾分か楽だったのに―――


何でだろう。
目の奥が熱い。胸が、どうしようもないくらい、痛んで、苦しいよ。







「なまえ?」


紅葉の声に、なまえはハッと我に返る。
目の前で心配そうに眉を下げる紅葉の顔を見ても尚、瞳からは涙がはらはらと崩れて光の糸を洩きながら流れる。まるで、海面の中にいるように、風景が滲んで見えた。

背中を優しく摩る紅葉の手から伝わる温かさが、余計になまえの涙腺を刺激した。


『……私…っ…中也に、酷いこと…』

「自分を責める事はない。よし、よし…」

『でもっ……私は何も云わずに中也の前から』

「そんな事、あやつはとっくに承知済みじゃ。もし其方があの時、中也に組織を去る事を伝えていたら…あの時の中也ならきっと、何をしてでも止めたじゃろう。じゃがな、あやつはあれでも阿呆ではない。そんな事をしていれば、一生後悔する事も、わかっておった。」

『……』

「いつか中也は云っていた。何も云わずに消えてくれて、幾分かましだったと。理由をつけて、また其方に会えるじゃろう?”何故何も云わずに消えたんだ”と幾らでも文句をつけてなぁ。いかにもあやつらしくて結構じゃ。」


紅葉は、目を細めながらやっと泣き止んだなまえの腫れた瞳を優しく撫でた。


「組織に戻ったら一つ。わっちから中也に説教をせなばなぁ。」

『せ、説教!?…それは』

「成らぬ。わっちの可愛いなまえを泣かせたのじゃ。心配するでない。余計な事は云わぬ。して、次に中也に会うた時は、"この馬鹿者!"と叱ってやれ。それ位が其方らには丁度よい」


紅葉はそう云ってから、微笑む。


『……はい。』

「ほら、茶が冷めてしまうぞ?」


まだかろうじて温かい煎茶が、なまえの喉元を通った。空っぽの胃に優しく染み渡った気がした。
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