第14章 暮るる籬や群青の空
国木田と谷崎の活躍に拠り事務員達は無事避難し、太宰と敦と同じ列車に乗ったとの報告が入った。
なんとか無事に収束したが、なまえの気分は何処か晴れないままだった。
「おやおや、浮かない顔してどうしたンだい?」
与謝野が、なまえの肩に手を回しながら訊ねた。
『与謝野先生……私、浮かない顔してます?』
「ああ、してるねェ……却説は…さっきの色男と何かあっただろォ?」
『……色男って……中也の事ですか?』
「もう少し背が在ったら、完璧だったってのに。」
『…あはは。でも………背の低さなんて感じさせないくらい、素敵な男なんですよ、嗚呼見えて。』
なまえがそういえば、与謝野はきょとん、と目を開いている。
「へェ…アンタでもそんな顔をするンだねェ。」
そういった与謝野の口角は妖しげに上がり、何処か楽しそうに笑っている。
『え?そんな顔って?』
「太宰に勘付かれたら面倒だ。気分転換でもしてきたら如何だい?」
事が一旦収束したとの事で、先ほど社長から外出許可が下された。
乱歩は早速外へと繰り出し、賢治の姿も見当たらない。
「此処は妾が見ててやるから。太宰達が戻ってくるまで、外の風に当ってきな。」
そういって与謝野は優しく微笑んだ。
なまえは思う。本当に自分は、周りに恵まれているなぁと。
『有難うございます。』
笑顔の与謝野に背中を押されて、なまえは晩香堂を飛び出した。