第14章 暮るる籬や群青の空
『………嫌いになんて…なれる訳ないじゃない』
―――嗚呼、手前は何時だってそうやって。
『そんな簡単に言わないでよ!!嫌いになれるなら…とっくになってるっての!!』
―――俺を、惑わせるんだ。
『莫ッ迦じゃないの……さんざ返事を聞かせろだの云っておいて今更何!?戦争が起きてビビってんの!?私の仲間を殺して傷付けるかもって!?そんな事させないわよ!!それにッ…アンタがそんなことする訳ないことくらい…判ってるんだから……』
弱々しく、掠れた声で言葉を紡ぐなまえの唇を、中也は自身の唇で遮った。
じわりとそこから広がっていく熱に、なまえの瞳が大きく見開かれる。
なまえが中也のシャツをくしゃりと掴めば、重ねられていた唇は名残惜しさを残して、そっと離れた。
中也はふ、と自嘲気味に笑みを零してから、口を開いた。
「………なァ……如何足掻いたって手前のこと忘れてやれねえ……頭にこびりついて、何時だって俺ん中を支配する……無理矢理にでも手前のこと傷つけて壊してやりてえなんて……そんな胸糞悪ィことまで考えちまうんだよ……」
『…中也……?』
「………はは、笑っちまうくらい無様だ……手前となんざ出逢わなけりゃあ善かった……あの日、羊の連中に追われていた海辺で……手前の手を取らなきゃ、どんなに善かっただろうな……俺にとっても、手前にとっても」
そう云う中也の顔は、声は。
酷く悲しげで。
「……俺は、太宰と違って何時だって手前を傷付けてばかりだ。好きだと思えば思うほど、手前を"幸せ"から遠ざけちまう……きっと其れは、これからも変わらないんだろう。」
『何云って』
「”最後に一つ”、手前に云っておかねえとならねえことがある。首領が”Q”を座敷牢から解き放った。彼奴にだけは気を付けとけ。伝えたい事ってのは其れだ。態々呼び出して悪かったな。」
『ッ!!』
なまえの言葉を強く遮り、中也は踵を返して歩き始める。
『ッ中也、待って――』
「じゃあな、なまえ。……今まで……悪かった」
なまえの言葉を遮って、中也は小さく右手を掲げた。
出口へ消えていくまで、彼は一度も、此方を振り返ることは無かった。