第14章 暮るる籬や群青の空
「事務員を餌にしただと!?」
《直ぐ避難すりゃ間に合う。その上組合はお宅等が動く事を知らねえ。楽勝だ。》
「……ッ。乱歩、奴の言葉に嘘は有るか」
「無いね。残念ながら。」
『……こう云う時は、真実がいちばん効く。』
なまえの言葉に、乱歩はこくりと頷いた。
「つまりアンタらは事務員の居場所を探り出して組合に密告し、さらにそれを探偵社に密告。自分達は汗ひとつかかずに二つの敵を穴に落としたって訳かい。」
「穴だと判っていても探偵社は落ちずにはいられねえ。首領の言葉だ。」
中也が、冷ややかな笑みを浮かべながら云った。
『……っ、』
「……至急事務員に避難指示を。それから…国木田に繋げ。」
この距離と時間で事務員の元へ間に合うのは、攻勢(甲)組の国木田と谷崎だけだ。
直ぐに電話を繋ぎ、指示を促す。緊張の流れる室内に、再び中也の声が響いた。
《おい、いい加減出て来いよ。》
『………』
「素敵帽子君は、偉くなまえちゃんをご所望のようだけど。」
乱歩は気にくわない、といった様子で社長を見やる。
《手前の方から来ねえってんなら、俺の方から出向くかな。勿論、此奴らを片した後で、》
「なまえに何用だ。ポートマフィアの特使。」
《伝えておきたい事がひとつある。其奴とはお宅らよりも古い付き合いだ。一寸顔見せる位佳いだろ?》
「………」
社長は、険しい顔でなまえを見やる。
「………」
『……行きます。顔出さないと大人しく帰ってくれないでしょう。伝えたいこともあるみたいですし。』
「…だが……、またポートマフィアに囚われるようなことがあれば――」
『それは有り得ません。彼は私に絶対乱暴な手は使いません。現に、ポートマフィアを脱出できたのは彼のお陰です。』
「何?それは真か?」
『はい。』
「ええー…なまえちゃん、本当に行くの?」
乱歩はどうも気に入らないらしく、むすっとしている。
『はい。与謝野先生と賢治君をこちらにちゃんと戻してから、素敵帽子君を送り返して、ちゃんと帰って来ますから。』
そういって、なまえは晩香堂の扉を開き、心配そうにこちらを見やる与謝野と賢治と引き換えに、旧路線をしばらく歩く。
見慣れた人影が見えて来たところで、足を止めた。