第1章 君の相手は俺しかいない
なんとか人心地つき、「やれやれだぜ」と承太郎が呟いたところで、不意に会場内がすーっと薄暗くなり、ステージ上に一人の女性が現れた。
スポットライトの光の中に立った女性が、その折れそうに細い腕で持っていたのはバイオリンだった。
ゆっくりと始まった旋律に、騒がしかった会場内が一瞬にして静まり返る。皆、音の一つも聞き逃さんとして、話すのをやめた。
「…美しい」
自然と、承太郎の口から言葉がこぼれた。
バイオリンを奏でる彼女から、目を離すことができない。まるで石にでもされてしまったかのように、承太郎は身じろぎもせずに女性を見つめていた。
光の中で演奏するその姿は、女神と表現してもよいほどに美しかったのだ。
彼女の演奏が終わると、会場内は割れんばかりの拍手に包まれる。
ステージの上で深々とお辞儀をした彼女は、隣に控えていた男性にエスコートされて舞台袖へと消えていった。
彼女の姿はもう見えなくなったのに、承太郎はステージから未だに目をそらすことができなかった。先ほどの素晴らしい演奏で作り上げられた雰囲気の余韻が、まだ残っていたからだ。