第1章 君の相手は俺しかいない
彼女の名前は、空条。今ほど彼女を抱きとめた空条承太郎の妻である。
小柄で華奢な彼女は、承太郎と並んで立つとまるで子どものように見えてしまうが、年齢は5つも上である。
「この部屋には物が多いから危ないと言っているだろう」
二人が今いる部屋は、海洋学者である承太郎の書斎である。彼は今、学会に発表する論文の作成で忙しい。
部屋の壁一面には、天井まである大きな本棚が作りつけられているが、それでも入りきらない本が床のそこかしこに積み上げられている。
目の見える人間ですら、この本の山の間をぬって歩くのは困難なのに、全盲の彼女に歩ける訳がなかった。
「ごめんなさい…でも承太郎さん、朝からずっとこもりっきりだから…」
「寂しかったとでも言うのか?」
承太郎の問いかけに、は遠慮がちに小さく頷いた。
「…やれやれだぜ。とんだ甘ったれだ」
承太郎はため息をついてから、そっ、との小さな手を握った。