第1章 派遣社員の加々知さん
「派遣なのにこんな遅くまでごめんなさいね、今日はもう帰るといいわ。
残ったのは私が……」
彼の机に目をやると、
山積みだった紙がすっかり綺麗に片付いていた。
「あなた、仕事が早いのね」
前から知ってはいたことだが、
驚いて思わず口にすると気を遣わせてしまったのか、
「手伝いましょうか」と尋ねてきた。
「そういうつもりで言ったんじゃないの。ありがとう」
「鞠さんも少し休んでください。
隈、酷いですよ」
今更ながら、私は恥ずかしくなって目の下に手を当てた。
「でも、休んじゃったらまた自分の首を絞めちゃうだけだからね」
本当に。
誰かが代わりにやってくれるのならいくらでも有給は余っている。
しかし、翌日デスクにあるのは
休んだ分+α誰かが置いていった仕事。
さらに追い詰められるのは目に見えている。
「大王もこれくらい真面目に仕事をしてくれればいいのに」
「何か言った?」
「いえ、なんでもありません。
それよりやっぱり私も手伝いますよ。
先輩を残して帰るわけには行かないので」
このオフィスて唯一まともな彼。
ここがおかしいのか、彼が優しいのかわからなくなってくる。
「ありがとう。でもこれは私の仕事だから」
彼の好意が嬉しくてニッコリと笑って断った。
「はぁ……。これ、ほとんどあなたの仕事じゃないですよね」
気づいてくれていたんだ。
ここではめったに触れることの出来ない優しさに、胸がふわりと暖かくなった。
ため息つかれた気がしたけど。
「さっさと仕事を片付けましょう。手伝いはしますが、私も早く帰りたいですから。」
「そうね。ありがとう」
帰りたいなら手伝いなんてせずに帰ればいいのに。
なんて心の中で悪態をつきつつも、
やっぱりありがたくて、
いつも仏頂面で怖い顔の彼がいまは仏様にでも見えてきた。